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「逢埼さんってさ、化粧とかしないの?」


「え、お化粧?」


 夕日の差し掛かった通学路。学ランとセーラー服をそれぞれ丁寧に着こなした男女二人がどこか和やかな雰囲気を漂わせながら道路を歩いていた。学ランを着た男子はすらっとした身体に短く整えた髪で顔立ちの整った好青年。女学生の方は長いスカートのセーラー服に長い髪の毛を白のリボンで一本に結んで眼鏡をかけたこれまた端正な顔立ちでどこかあどけなさのある女子。


「……うちは親に止められてるから。社会人になるまで」


 質問した男子がなんとなくの質問を投げると女学生はそれを聞いて悲しげな表情を浮かべて答える。


「えー……そりゃ厳しいね。絶対今以上にかわいくなれると思うよ。もちろん今も可愛いけどさ」


「そ、そうかな?」


「あー。でもさ、化粧とか浮ついた事もなくてさ。学校の成績がいいから教師の人たちに『秀麗』って呼ばれてるんでしょ?」


「そうかもね」


「それ捨てちゃうようなことしたらもったいないか」


「……うん。そうだね」


 最後の男子学生が言った言葉にどこか詰まらせながらも、それでも彼女はその短い会話の中でははっきりとした答えの出し方だった。


「お化粧しないと変かな?」


「そんなことないよ。今でも十分きれいだから」


「……ありがとう、吉良島君」


 微笑んで逢埼と呼ばれた女学生は嬉しそうに吉良島と呼んだ男子学生に答えた。


――ずっとこうしていたいな。吉良島君と


 彼女の内では彼に対する想いが募り始めた、そんな瞬間だった。










「なんで……私が悪いから全部持ってかれたの?」

 

 アパート内の一室のリビングの隅で彼女は壁にもたれかかって涙を流していた。

 彼女の綺麗な髪全体に酒がかかり、赤くなった目から腫れた頬へと涙を伝わせながらえずく声で彼女は泣いていた。一面に物が散らばった部屋の中心で彼女はうずくまっていた。着ていた服も目を細めるようなありさまで、引っ張られて伸びたTシャツにジーンズには酒がかかっていた。


「違いますよね、神様?私はなにも――」


 それでも手は強く拳を握り締めていた。瞳も神様と呼んだ部屋にいたもう一人の存在に強いまなざしを向けながら。


「ええ。あなたは何も悪くないわ」


 その傍らにはもう一人の女性がいた。そちらの女性は黒いドレスを着てその首には玉虫のネックレスを下げていた。ドレスを着た女性は辺りを見渡した。その光景に顔をしかめながら。


 リビングは空っぽのビール缶が無数に散乱し、一つ二つからはダラダラとそれで炭酸特有の音を鳴らしながらこぼれたのだろう部屋に敷かれたカーペットにシミを築いている。食べかけのつまみの入った袋。食器棚から落ちて散らばった皿。他の物が見たら空き巣にでも入られたのかと思われそうなそんな部屋の中心で彼女は泣いていた。それまでの自分の弱さとなくしたものをその内で浮かべては必死に消そうとしていた。


「ごめんなさい。神様。ごめんなさい……」


「ああ、えっと……部屋の方掃除から始めましょ?手伝うから。でもその前にシャワー浴びちゃいなさいよ」


 困惑した表情で神様と呼ばれたドレスの女性は部屋の周囲を見渡しながらうずくまる女性に心配そうな声で提案する。


「……ありがとうございます」


 彼女は風呂場へ向かおうとリビングを出て廊下へ向かおうとする。神様と呼んだ女性に対して向き直る。


「それから、あの――」


 すうっと大きく呼吸をして彼女は神様と呼んだ女性に向けて声をあげた。


「私にアイツの妬みを晴らす術を……奴らを皆殺しにする力を授けてくれませんか?」


 これは嫉妬と兄弟のように育つものに弄ばれて蹂躙された者の復讐劇とその顛末をつづった物語。

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