第2章:剣は何よりも強し
第16話 表と裏の使い分け
コマサルから少し離れた場所にある、森と隣接するとある洞窟。その入口に、十数人もの人影が集まっていた。全員が夜闇に紛れるように黒いローブを纏っており、各々の手には剣や弓などといった武器が握られていた。
「……よし、気付かれずにたどり着いたな」
先頭の大男が、後ろの仲間を振り返りながら小声で言う。
「盗賊団のアジトはこの洞窟の奥だ。罠があるかもしれん、気を付けろよ」
彼らは皆、街の様々な所から舞い込んでくる依頼をこなす請負人。人々は彼らのような者を冒険者と呼ぶ。
今回の依頼は、とある盗賊団の壊滅を目的とする、アジトへの突入作戦。ここナカーズ王国には実に様々な悪党たちがたむろしており、その内のひとつがここだ。
一同は武器を構え、洞窟へと入って行く。入口付近は森の風景に溶け込むために灯りが無いが、進んでいく内に松明による灯りが周囲を照らすようになった。
「一本道ですね……」
「見張りもいないのか。不用心な盗賊だな」
大人三人ほどが横に並んで歩けるほどの広い幅の洞窟を、冒険者たちは進む。
不意に、先頭を歩いていた大男が剣を真横に突き出し、皆の歩みを止める。
「待て、誰かいる」
視線の先に、ひとり佇む者がいた。白い仮面を着けており、顔は見えない。体つきからして、すらりとした体躯の長身の女性だ。右手にはいかにもそこら辺の盗賊が使っていそうな安っぽい長剣が握られている。
立ちふさがるように通路を塞いでいる仮面の彼女は、薄茶色の短い髪を揺らして一歩前に出る。
「止まれ! 我々は王国騎士団に依頼を受けてやって来た冒険者だ。大人しく投降しなければ、容赦はしない!」
剣を構える大男の警告と共に、後ろの十数人も戦闘態勢に入る。
その様子を見て、仮面の女性も無言で剣を構えた。
「なるほど、抵抗の意思を見せるか。ならば、実力行使!!」
今までの戦歴を体格で示しているかのような大男が、剣を構えて仮面の女性に迫る。筋肉質な巨椀や無駄のない動きは、彼が熟練の冒険者である事を表していた。そして、そんな彼に続くのは、同じく経験を積み重ねて来た冒険者たち。
十数名の敵意を一身に受ける仮面の女性は、ただ無言で、剣を振り上げた。
* * *
守り屋に入って二十日ほどが経った。
シュネスはいつものように、朝早くから店の前を掃除していた。別にひどく汚れている訳でもないのだが、これは毎日続けている。
箒を手に持ち、店の前に立つ。それだけで、気持ちが切り替わるのだ。一種のルーティンというやつである。
「あっ、おかえりなさい!」
そんなシュネスは、遠くからとぼとぼ歩いて来る人影を見つけ、手を振った。長く伸びた深紅の髪を揺らしてくたびれた顔で帰って来たのは、昨晩に仕事に出たルジエだった。
「た、ただいまー、シュネスちゃん」
「ずいぶんお疲れの様子ですね……
「まあねー。あの冒険者たち、なかなかの腕だったから」
掃除を切り上げたシュネスは、疲れ切ったルジエの上着と腰に携える剣を預かり、彼女へお茶を出す。
「すぐに朝ご飯作りますね。お風呂の用意はしてあるので、先に入っちゃってください」
「ありがとう。何から何までごめんなさいね」
「いいえ、気にしないでください」
ニコリと微笑み、シュネスはエプロンを身に着け、すぐに朝食の準備に取り掛かる。腰を通り過ぎるほどに長い茶髪は、緑色のクリスタルガラスが綺麗な髪留めで一つ結びになっていた。
シュネスが来るまでは守り屋の調理担当はルジエ一人だったのだが、仕事に慣れて来たシュネスが「他にも出来る事があれば覚えたい」と言うのでルジエが料理を教えたところ、持ち前の飲み込みの速さと応用力を活かしてあっという間に腕は上達。今ではすっかり、シュネスが台所に立つ事の方が多くなっていた。
「ふあぁぁ、おふぁよー」
「お、ルジエはまだ帰ってねぇのか?」
しばらくすると、二階から寝惚け眼のモファナが降りて来て、玄関からは朝のトレーニングを終えたマストが帰って来る。
「私はここにいるわよ」
そしてちょうど風呂から上がったルジエは、マイペースな二人を見てため息を零す。
「いつもの事だけど、少しはシュネスちゃんを手伝ったりしたら? モファナは起きるの遅いし、マストはすぐどっか行くし」
「だってぼくたち料理できないし。ねぇマスト」
「全くもってその通りだな。台所ではただのお荷物だ」
「何で得意げなのよ……」
「いいんですよ、ルジエさん。私も料理は楽しくて好きですし」
肉炒めやスープなど、出来上がった朝食をテーブルに並べるシュネス。
11年に渡る不健康な路地裏暮らしの影響で、シュネスの体は15歳の平均よりもやや小柄。この国では15歳を迎えれば一応は成人扱いされるが、それでもシュネスはまだ子供と思われる事の方が多いほどだ。
そんな彼女が守り屋の食卓を仕切る光景はどこか不釣り合いにも思えるが、不思議と様になっているようにも感じる。
「もう……二人とも、せめて片付けぐらいは手伝うのよ」
「はーい。まだまだ守り屋のお母さんはルジエのままだね」
「特に口うるさい所とかな」
いつも軽口を叩き合ったり何かと競い合ったりするモファナとマストだが、それも気が合うからこそなのだろう。今日も二人は口を合わせてこそこそと何か言っている。
「一度本気でぶん殴ってやろうかしら」
ただでさえ仕事帰りで疲れがたまっているルジエは、音が鳴るぐらい拳に力を込める。そんな彼女をシュネスはなだめていた。
こんなやり取りも、守り屋の日常としてはごく普通のものだ。
やがて机を囲み、皆でシュネスの作った朝食を摂りながら。マストはルジエの依頼について尋ねる。
「んでルジエ、依頼の方はどうなったんだ? 盗賊のアジトの護衛だっけか」
「無事に完了したわよ。乗り込んで来た冒険者たちは全員生かして帰したから、多分数日後にはまた討伐しに行くでしょうね。接戦を演じたつもりだから、討伐依頼がこっちに流れる事は無いでしょうけど」
「じゃあそいつらが冒険者の動きを聞きつけたら、また俺らに依頼が来るワケか」
「そうね。また徹夜で護衛しなきゃいけない。全く、なんでアジト襲撃はいつも夜なのかしら」
愚痴やため息をスープと共にまとめて飲み下すルジエ。そんな彼女の業務連絡を聞いていたシュネスは、ねぎらうようにお茶を注ぐ。
「冒険者側と盗賊側。両方の敵であり味方でもある立場って、大変ですね」
守り屋はあらゆる者からの依頼を受ける。それは冒険者の魔獣討伐に同行するものだったり、今回のように身の危険を感じた盗賊を守るものだったり。以前守った相手に剣を向ける事などざらにある。
「もしも同じ案件で、冒険者と盗賊の両方から依頼が来たら面倒ですよね。そういう時ってどうするんですか?」
「一応、そうならないよう工夫はしてるわ。今回はあえて冒険者側とギリギリの戦いをする事で、『守り屋に頼まなくても倒せそうだ』って思わるようにしたし。逆に盗賊を討伐する側になった場合は、将来的に客にならないぐらいにボコボコにしたりしてね」
「でもまあ、全てが上手くいくわけじゃないしね。守り屋同士でぶつかる事も、ある時はある」
もさもさとパンをかじりながら、モファナは続けた。
「もしもぼくたち同士がかち合ったら、とりあえず全力でぶつかり合ったり、予めどっちを勝たせるか決めたうえで、そうなるよう戦況を誘導したり。その場その時に応じていろいろだね」
「まあその場合は、どっちが勝ってもどっちか片方の依頼が達成できる事になるから、商売としてはどう転んでも俺らの得ではあるがな」
「悪人側に加担する時はいつも仮面で顔を隠して髪型や色は魔道具で変えてるから、見た目で守り屋の人間だってバレる事は無いしね」
と、三人は簡単そうに説明するが、実際の所はかなり難しい事のはずだ。
善人も悪人も、平等に守る。守り屋がそんな方針だからこそ、幾度となく盗みを働いたシュネスもここにいられる。
でも、それでもシュネスは疑問に思っていた。
苦労をする事は初めから分かっていたはずなのに、どうして守り屋は、悪人も助けるのだろうか。
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