第三十集 廃
「お、おお……」
昨日逃げ出してきたはずの妓楼の前へとやってきた
「にょ、
深呼吸をするも、漂ってくる香りは変わらない。
「わあ……」
三階建ての妓楼には、正面に左右へ伸びた大階段があり、まるで舞台のよう。
入口から見て両壁沿いに個室があり、二階と三階には左右と正面にも部屋があるようだ。
店内は広く、そこかしこで男女が仲睦まじく会話している。
その笑顔を照らす灯篭一つとっても、意匠が細かく、高級な印象だ。
鎮火用の水瓶にすら雅な絵が描かれている。
「ようこそ、
「そ、そうです」
現在の
ただ、上手くいったようだ。
「せっかくだから、色々教えて差し上げたいんですの」
柔らかな感触が腕に……。
「あらあら、可愛いお客様ですわ」
大階段の中央、一目見て女主人だとわかる品のいい女性が降りてきた。
控えめな輝きになるよう丁寧に織られた布地で作られた金の
「さぁ、お客様。こちらへ。最高の妓女たちとおもてなし致しますわ」
「は、はい」
部屋は三階。
中へ入ると、華やかな装飾がなされた火鉢と、艶々の良く磨かれた円形の机と椅子五脚が用意されていた。
少し離れた場所では、美しい天女のような妓女が琵琶を奏でている。
「さぁ、お掛けくださいな」
不思議に思っていると、障子が空き、大柄な男と、見覚えのある顔が入って来た。
(髭面の! え、バレたのか⁉)
「はじめまして」
大柄な男性が恭しく頭を下げたので、
「は、はじめまして」
「さあさあ、おかけください。突然のことで驚かせてしまい、申し訳ありません」
大柄な男は、髭面の男に目線で指示を出すと、髭面の男は外へと出た。
用心棒なのだろうか。
「将来有望な青年が来ていると女将から聞き、是非挨拶させていただきたいと無理を言ったのです。お遊びのところをお邪魔して本当に申し訳ありません。少しだけ、お食事などいかがでしょうか。もちろん、わたくしからのささやかな贈り物です」
「あ、ありがとうございます」
どうやら、
大柄な男性が近くにいた妓女に「最高の食事を頼む」と言うと、妓女は笑顔で頷き、外へと出ていった。
「まだ名乗っておりませんでしたね。わたくしはここ望灯で商いをしております、
「蓮殿、妓楼は初めてだとか」
「そうです。父からはまだ早いと言われておりまして」
「そんなことはありませんのに。遊び方は実際に体験して知るものですから」
「そうなんですね」
「そこで、いいものがあるんです」
ちょうど、料理が運ばれてきた。
どれも美味しそうなものばかり。
ただ、その中に、一つだけ異質なものが混じっていた。
茶色いガラスで出来た小瓶だ。
「こちらの丸薬なんですがね……。これを一粒呑むだけで、いい気持ちになれるのですよ」
「いい気持ち、ですか」
「そうです。飲む前に女人と戯れるよりも、飲んだ後に戯れたほうが、快感が何十倍にもなるのです」
「へぇ……」
「しかし、父からは厳しく言われているのです。主治医が出す以外の薬は飲むな、と」
「それは……。さすがはお父上、蓮殿をとても大切に思っていらっしゃるのですね。正しい教育かと存じます。ただ、この薬は名医による処方なのです」
「ううん……」
渋る演技をしつつ、相手の出方を窺った。
「いいでしょう。では、蓮殿にだけお教えしましょう。実はわたくし……、もと皇族の関係者なのです」
「……というと?」
「はい。慧国の先帝がまだ二十代だった頃、太后様よりも前に一人、皇后陛下がいらっしゃったことは御存知ですか?」
「え、知りません」
これは
「ええ、ええ。そうでしょうとも。お若い方はご存知ありませんよね。でも、事実なのです。ただ、その最初の皇后陛下は、嫉妬のあまり
「廃后となったその女性は、絶望しました。なぜならば、すでに陛下の子供を身ごもっていたからです」
危険な話になってきたぞ、と、
「女性は故郷であるここ、望灯で一人の男児を出産しました。それが、わたくしなのです」
目の前の透は、感情もなく、ただ微笑んでいる。
先帝は七十歳手前で崩御した。
透の年齢は五十代いくかいかないか。
話が本当ならば、彼は宗室の血筋ということになる。
「恐れながらお聞きしますが……、証拠はあるのでしょうか」
早鐘のようにバクバクと動く心臓。
すると、透は待ってましたとばかりに懐から
「信用していただけましたかな?」
目の前に出された
「こ、これは……。あ、あの、わたし……。少し気分が……」
「それは大変です。では、明日もう一度お会いできますでしょうか。今日はここまでに致しましょう」
そう言うと、透は柔和な笑顔を浮かべ、立ち上がり、恭しく頭を下げながらその場から立ち去って行った。
「いやぁ、これは大変なことになったぞ」
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