第二十五集 終着点
そう遠くはなかったので、すぐについたが、何かを予期していたのか、入口には何人もの団員が立っていた。
「どいてください」
「今は、ちょっと……、あっ!」
団員たちの制止を振り切り、
「……来たんだ。そうだよね。君なら気づくと思ってた。というか、心のどこかで願ってたのかも」
振り向いたその顔は、晴れやかだった。
「なぜこんな……」
「今更ってこと? 私はね、ずっとこのために生きてきたんだよ。ね? 父上」
まだ化粧はしていないようだ。
あの時見かけた掃除をしていた道化師の男性が、ニコニコと微笑みながら頷いた。
「父上は拷問の限りを尽くされた。右眼球を抉られ、鼓膜を破られ、舌を切り取られ、性器は腐り落ちた。顔は傷がひどかったけれど、治療でここまで綺麗になったんだ。他人には
青年は父親の身体を抱きしめると、そっと放した。
「父上を護るためのお金は太医が払ってくれたらしい。あの人は、ずっと父上の親友でいてくれたんだ」
遠くを見つめる瞳には、もはや憤怒も憎悪もなかった。
「復讐するために宦官になり、央廠に入ったんですか」
「そうだよ、
「
その瞬間、
「あはは! ああ、可笑しい。本当に。
「父上はね、頭が良すぎたから殺されたんだよ? いや、正確には生きているけど、でも、もう私のことすらわからないほど、思考が退化してしまっている。一人じゃ何もできない。まだそんな
心の中では、泣いているのに。
「十年前だった。家族で訪れた国に、偶然、このサーカス団が来ていたんだ。そこで見て知ったんだ。父上が本当は生きていることを! 私はすぐに話しかけたよ。化粧を落とし、掃除をしている父上にね。でも、父上は私のことがわからないようだった。それどころか、まともな感情すら……」
「すぐに太医に手紙を書いた。父上の最期を知っている唯一の知人だったからだ。はじめは『知らない』の一点張りだったけれど、一年間、毎日手紙を出したら、根負けしたのか、すべて話してくれたんだ」
「ここに詳しく記してある。父上に対して行われた非道の数々がね……」
もう、
ただただ、目の前で壊れていく友人を見つめるので精一杯だった。
「だからね、私はこの頭脳を復讐に使うことに決めたんだ。父上を殺すよう命じた上皇は四年前に死んでしまったから間に合わなかったけれど、でも、あいつなら殺せる。実行犯の、太監ならね!」
一歩遅かった。
「
「お願いします。やめてください。自殺ほど愚かなことはないでしょう?」
「そうかな? 名誉と家族の為なら、私は何でもできるよ。誇りを持ってね」
「養父母のためですか」
「……穆家は本当にあたたかかった。何度も復讐を忘れそうになるほど、私を愛し、大切に育ててくれた。でも、やっぱり違うんだよ。私には、実の父上よりも大事なものなんて見つけられなかったんだ」
「そんな……」
「いいかい、
涙が溢れた。
「嫌です。誰も死なせはしません」
「……仙術だね」
「ええ。どんな毒でも中和出来ます。たとえあなたがそれを飲んでも、死ぬことはありません。絶対に」
「卑怯だね」
「ええ。そうです」
「穆家のみんなを殺す気?」
「いえ。誰も死なせないと言ったはずです」
「どうやって?」
「私ならなんとかできるぞ」
「おお、よかったな
「兄上、あまり楽しそうにする場面ではありませんよ」
テントに入って来たのは、
「央廠の青年、殺した太監による、皇帝家が関与していない悪事をどのくらい知っている?」
「じゅ、十くらいは知っていますが……」
「では、それを陛下の御前で証言できるかな? 証拠もあるとありがたいのだが」
「出来ますけれど……。え?」
「うんうん! 央廠にはさんざん嫌がらせを受けてきたからな。私もここいらで復讐するとするか」
「兄上はいつでもしているでしょうに」
「あれはただの嫌がらせ返しだ。復讐ではないぞ」
「ど、どういう……」
「
「いや、話す前にお二人が入ってきちゃったんですよ」
「お前が泣く声が聞こえたから急いでやったんだぞ」
「うっ……。それはどうも」
「
話が見えてこない
「太監殿には、生前の罪を全部償ってもらおうと思うんです」
「……へ? し、死んでいるのに?」
「そうです。官職と爵位を剥奪し、山にポイっと捨ててしまおうかと」
「え、それって……」
「そのうえで、あなたのお父上の爵位を取り戻しましょう。生きていることは陛下にお伝え出来ませんが、きちんとしたお墓を建て、祀ることができます」
「で、でも、陛下が先帝の間違いを正すかどうかなんて……」
「そこは安心したまえ」
「陛下は先帝とは仲が悪かったからな。色々理由はあるが……。ここでは控えておこう」
「じゃ、じゃぁ……」
「お父上の名誉を取り戻すんです」
「あ……、あああ……」
そばで座っていた父親は、目の前で泣いているのが息子だとはわかっていないようだったが、背中を撫で、微笑んだ。
まるで、大切な宝物を愛でるように。
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