第二十三集 違和感
「
「
ここは
「どうしたんですか? もしやお身体に不調が?」
「ううん。私はとても元気だよ。ただ、
「昨日帰ってきたんだって? 遠征、どうだった?」
「いやぁ、それがまぁ……。ふふ。あとでお茶でもどうです? 詳しく話しますよ」
「楽しそう! 今日は忙しいので、明日はどうかな?」
「いいですよ。では、いつもの茶屋で待ち合わせましょう」
「いいね。じゃぁ、また明日」
「
「あっ、すみません。では、軟膏をあと数種類、足しておきましょう」
「ふんっ。手際が良いですな」
「ど、どうも……」
太医という存在は、どうも苦手だ。
腕が良いのはわかるが、それを鼻にかけているふしがある。
皮肉や嫌味、監視するような目戦に耐え続けながら二時間。
ようやくすべての常備薬を調合、製薬し終えた。
「じゃ、じゃぁ、わたしはこの辺で失礼しますね。常備薬もいっぱい補充できたようですし……」
「……帰るのを許可してさしあげましょう。では、さようなら」
「あ、はい。さ、さようなら……」
「怖い……。初対面でもないのに……」
皇宮を出て、疲れた身体と心を癒すために人通りの少ない道をゆっくり通ろうと歩いて行くと、なにやらとても賑わっている一角があった。
「あれ? あそこは空き地のはず……」
普段ならば家の無い子供たちが
「あの、これはなんですか?」
「ああ、兄ちゃん。これは異国で流行りのサーカスってやつらしいぞ」
「さあかす?」
「サーカスって発音するんだと。奇人変人何でもありで、人間だけじゃなく、猛獣とか蛇まで芸をするらしいぞ! あのテントって言う布の建物の中でさぁ」
「へぇ……」
「巡業していて、いろんな国を渡り歩いてるらしいぜ。慧国に来るのは三十年ぶりで三度目って話だ」
「そうなんですね。ふうん」
魔法の類が使われている形跡はない。
昨日までは無かったはずのものが建っているのだから、おそらく、簡易的な作りになっているのだろう。
野次馬たちは次々と集まってくる。
すると、テントの中から突然、一輪車に乗った派手な服装の人や、丸い大小さまざまな
その中には、元の顔がわからないほどの白塗りに大きな赤鼻などをつけた、奇妙な動きをする人々も混ざっている。
「……ああ、|道化師か」
北欧の国にいるロキという妖精王が、たまに〈トリックスター〉と名乗り、ああいった奇抜な格好をして人間に悪戯をしていることがある。
「人間の間にも浸透している文化なのかな……」
不思議に思いながらも眺めていると、盛大な音楽が鳴り始め、演舞……、いや、『ショー』というらしい出し物が始まった。
「お、おおお、おおおお」
身体の硬い
「あ、足の間に頭が……」
朱燕軍の中にも、身体の柔らかさを使って宴席で芸をする若者がいるが、その比ではない。
いったい、関節はどうなっているのだろうか。
盛り上がりも最高潮に達した時、中央にいた一際派手な男性が前に進み出て、よく通る大きな声で話し始めた。
「どうもごきげんよう! 我々は皆様に最高のエンターテイメントをお届けに参りました、アザームーンサーカスと申します! 明日より一ヶ月間、夕方五時よりここで愉快軽快爽快なショーを行いますので、是非お越しください! 何度でも、驚かせて見せましょう!」
始めは野次馬だった観衆がわっと沸き、配られ始めた宣伝用の紙を我先にと受け取り始めた。
「どうぞ! お兄さんも、是非来てくださいね!」
「あ、ど、どうも」
このままいたら、もみくちゃにされそうだったからだ。
「すごかったなぁ……。途中、なんて言ってるかわからなかったけれども」
馴染みのない別の国の言葉が混ざった演説だったため、完全に内容を理解することは出来なかったが、要するに「楽しませます!」ということなのだろう。
「
観覧料もそこまで高くはない。いったい、何で採算をとっているのか、とても謎な集団だ。
翌日、約束通り
「おお! ついに
「え、違いますよ。友達とお茶するだけです」
「だろうな」
「ひ、ひどい! 少しは期待してくれてもいいのでは⁉」
「恋人と会うのにそんなダサい恰好はしないだろう、普通」
「……古風と言ってください」
「まぁ、そんなことはどうでもよくて。
「いますよ。まさにその友達とお茶するんです」
「ああ……。じゃぁ、聞いておいてくれ」
「何をです?」
「昨日、央廠の
「え!」
「毒酒をあおった自殺なのでは、と噂が立っているが……。相当優秀で年齢的にもあと五年は働けただろうって人物だから、まさか自ら死を選ぶ理由なんてないのではないか、と、私と父上は思っている」
「な、なるほど……。話してくれるかはわかりませんが、まぁ、雑談がてら聞いてみます」
「よろしく。あ、そうそう。その
「え、あ、はい……」
悔しいが、たしかに、
「お洒落がわからない……」
昼時なので、街は賑わっている。
人の間を縫うようにして進むと、茶屋の中から手を振る
「昨日ぶりだね、
「遅れてしまい、すみません」
「いやいや。実は私も来たばかりなんだ。噂は聞いているかい?」
「ああ……。あの、太監の」
「そ。朝から全員の机やら部屋やらを
「え、じゃぁ……」
「
「そうみたい。長く働いていた人だから、色々恨みも買っているのかもね」
「そうかぁ……。大変ですね」
「まあね。央廠は人に言えないようなこともする部署だから、仕方ないんだけどね」
「おお……。密偵とかですか?」
「それは秘密」
「なんだか小説の世界ですね」
「あはは。たしかにそうかも」
二人はいつものように食事と会話を楽しむと、一時間ほどで解散した。
亡くなった太監はよほどの大物だったようだ。
「このあとどうしようかなぁ……」
どうしようかと歩いていると、あのサーカスのテントが目に入った。
夕方まではまだまだ時間がある。
(顎のところに白いものがついてる……。ああ、道化師の中の人か)
化粧を完全に落とし切れていないのだろう。
中年の男性が黙々とテント周辺の枯葉をかき集めている。
(……中原の人では?)
どこからどう見ても、中原大陸でよく見る顔立ち。
派手な衣装を着て芸をしている団員たちとは髪の色も目の色も違う。
「すみませんお客様。開演はまだなのです」
「あ、いえ、すみません。えっと……」
司会の男性はちらりと後ろを振り返ると、すぐに
「我々は様々な国で仲間を募集しておりますので、もちろん、中原大陸の人間もおりますよ」
「ああ、そうなんですね。……あ、えっと、今度友達と観に来ます」
「わお! お待ちしております」
大きく手を振りながら見送られ、
胸の中に、何か言い表せない違和感と、あまりよくはない予感めいたものを感じながら。
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