第二十二集 友達
「き、
そこへ、
二人は雪だるまになってしまうのではないかというほど、雪原を転がって行った。
「あ、あぶねぇな! おい、どうした」
「た、大変なものをもらい受けまして……」
「……え、た、丹薬⁉ 伝説上の、というか、仙人とかが出てくるような物語で作られる薬じゃないのか?」
「
「聖域の王ですら知らないものなのか」
「そうです。それだけ、危険だということです。製法も、どの種族にとっても好ましいものではありませんから」
「で、それがどうなってそんなにお前は焦ってるんだ?」
「なるほどな。対岸にいる妖術師が何か知っているんじゃないかとお前は思ってるんだな?」
「そうです。確かめに行ってきてもいいでしょうか」
「ダメだと言っても行くんだろ? でも、今回ばかりは援護させてもらう。岸に小隊をいくつか配置するからな。もちろん、俺もいる」
「わかりました。では、さっそく連絡してみます」
「一人で来てくれるといいけど……」
時刻は深夜を指定した。
今日は厚い雪雲が空を覆い隠している。
場所は前回と同じ、川の中央付近。
「こういうときって、どうして時間が過ぎていくのが遅く感じるんだろう」
薬草を干し、兵士たちの体調の確認を行い、雪だるまを三つも作ったのに、まだ夕刻。
体感では、すでに三日間は経ってそうなほど、気が張っている。
「落ち着け、
「結果がどうであれ、今日酷いことになるってことはないだろう? 早くても明日以降だ」
「戦闘になるかもってことですよね」
「妖術師の出方によるな。でもまぁ、大丈夫だろ。俺も含めて、朱燕軍みんな調子が良いからな」
「あたりまえですよ。誰が体調管理を行っていると思ってるんですか」
「はいはい、そうですね」
「ふふふん」
「ありがとうございます」
「いいってことよ」
「ああもう。わたしの美しい髪がぁ」
そうこうしているうちに、あたりには良い香りが漂い始めた。
「ごはん!」
細い月が浮かぶ夜空に向かい、
眼下には、月明かりだけを頼りに闇の中を進む朱燕軍の影。
万が一の事態になってしまった時のために組まれたいくつもの小隊。
肩に入りそうになる力を追い出し、心を強くもつ。
魔法族や魔女族が人間の戦争に介入するようになって数百年。
戦いは激化の一途をたどり、戦地になった場には草一本生えなくなるほど、悲惨な光景が広がるという。
こんなところで、仲間を巻き込むわけにはいかない。
どうにか、話し合いで解決できれば。
「こんばんは」
「緊急の用事って、何?」
川の中央、妖術師が気だるそうに待っていた。
「この木簡に見覚えはありませんか?」
「……それをどこで?」
「やっぱり、知っているんですね」
胸にさざ波が立つ。
「……どこまで知ってる?」
「すべて推測にすぎません。ただ、これが
「……じゃぁ、
「……今、答えになりました」
「回りくどいな。聞きたいことをはっきり言ってくれ」
「あたは……、あなたは、軍ではなく、皇帝家に雇われたのでは? この、丹薬の製法が書かれた木簡を持ち帰るために」
妖術師は自嘲するように口元をゆがめ、話しだした。
「父上が招かれた宴席で、口を滑らせたんだ。陛下に。与太話の一つとして、『我が家には、丹薬の研究書があると伝わっています』ってね」
「だから雇われたんですね。宸国の妃の子孫であり、妖術師となった、あなたを」
「そ。軍からの給金が少ないのは本当の話だけど」
「では、やはり持ち帰るんですか」
二人の間に、緊張が走った。
しかし、それはすぐに妖術師の溜息と共にかき消され、次の言葉で完全に砕け散った。
「……、いや、処分しようと思って来たんだ」
「え、それはどうして……」
「陛下には持って帰って来いって言われたけど、父上が燃やせって。そんな恐ろしい研究、するべきじゃないって」
「でも、逆らったら……」
「三族皆殺しだろうね」
「それでも、お父上は燃やせとおっしゃったんですね」
「うん。曾祖母……、つまり、父上にとってはおばあ様か。そのおばあ様が復讐に燃えている姿が頭から離れなくてつらいからって」
「……わかりました。では、わたしが燃やします」
「え! で、でも、そんなことしたら……」
「そちらの皇帝は怒り狂って『朱燕軍に攻撃せよ!』と命じて来るでしょうねぇ……。でも、大丈夫です。わたしがいますので」
「で、でも!」
「いいんです。わたしが見つけ、内容を読み、破棄した。これが一番いい答えです」
「……なんでそんなに親切にしてくれるの」
「なんででしょうねぇ。周囲におせっかいな人たちが多いからかもしれません。感化されちゃったんでしょうね、わたし」
「ふふ、なんだそれ。めちゃくちゃいいじゃん」
「ありがとうございます」
「そういえば、名乗っていませんでしたね。わたしは
「俺は
「鶯殿、一応、敵対国なのでこう言うのもおかしいかもしれませんが……。仲良くしましょう」
「ははは。たしかにおかしい。でも、同意だ」
「よかったです。あ、一応、わたしと戦ったていにした方が良いと思うので、木簡の燃えカスお持ち帰りになります?」
「そうしようかな」
「もし不手際を責められて何かされそうになったら鳥を遣わせてください。助けに行きます」
「そこまでしてくれなくても大丈夫。でも、ありがとう」
「では、燃やしちゃいますね」
木簡は紫色の炎を上げて燃え上がり、粉々になった。
「では、ちょうど二文字分位いい感じに焼け残したので、お渡ししますね」
「うん。もらっていく。じゃぁ、俺は陛下に呼び戻されたことにして都へ戻るから、そっちは適当に兵士残して帰っても大丈夫だと思うよ。こっちの軍、主力を一人も連れて来てないから、戦う気は全くなさそうだし」
「え、そうなんですか」
「
「そうです。まさに」
「嘘嘘。真っ赤な嘘。たしかに、船の研究は進んでるけど、それは貨物船。軍用じゃなくて、貿易用のやつ」
「そうなんですね……。え、そんなに話しちゃって大丈夫ですか?」
「いいんだよ。実はさ、父上は七人兄弟の末子なんだけど、かなり虐げられてきたんだ。伯父たちは金品で官僚に取り入って、それなりの地位を得てる。でも、父上しかおじい様の商才を受け継がなくて。陸家を支えているのは実質父上なんだ。で、俺も七人兄弟の末子で……」
「ああ、だから妖術師になられたんですね」
「さすがは
「男だけの七人兄弟の末子がさらに七人の子供をもうけ、その兄弟も男だけならば、その末子には不可思議な力がもたらされるっていう、言い伝えですよね。まぁ、
「へぇ、そうなのか」
「人間の魂は不思議ですからね」
「俺からすると、今目の前に
「あはは。
「力が強すぎるのも大変なんだな」
「そう言っていただけると助かります」
「じゃぁ、またな。多分、これからも関わりがあると思うから」
「わたしもそう思います。では、ごきげんよう」
二人は笑顔を交わし、それぞれの軍が待つ場所へと帰って行った。
「
「いやぁ、背中に強力な援護があると話しやすいです」
「なんだそれ」
「ふふふ」
「じゃぁ、戻るか」
「あ、そうそう。
「お、友達になったのか」
「そうです。敵国に友達が出来ました」
「やるなぁ。じゃぁ、その情報とやらを教えてもらいながら夜食でも食べるか」
「最高! それ、最高の案ですよ
「では、帰りましょう!」
睫毛についた雪のおかげで、
まるで今の心境を表すように。
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