第十四集 烏兎怱怱
「泣いているんだ……」
淡い色合いの花弁が、風に乗って空を舞っている。
ここは
「
三日前、歴代丞相の中でも、最も人民に慕われ、最期まで善政を貫き通した稀代の賢人である玲国丞相、
「奥方様のご意向だそうだ。夫の性格上、民の涙は見たくないだろうから、葬式代を使って祭りを開きたい、とな」
どこの通りも花で埋め尽くされ、商人街は活気で溢れている。
食堂はどんな者にも食事を振る舞い、住民は涙を流しながら笑っている。
時折聞こえてくる会話の端々に、
それも、民が積極的に話したくなるような、そんな素敵な笑い話を。
「素敵な方でした」
「
「
「それだけではないだろう。お前が常に素直で、怖いもの知らずだったからではないか?」
「え、そ、そうでしょうか」
前も後ろも人でいっぱいだ。
まるで皇帝が崩御したかのような参列者の数。
長年国境線で争っている国の使者たちも大勢訪れているようだ。
それほどに、
「ああ、朱
弔問を行っている荘厳な建物の入り口に立っていたのは、先ほど話していた
「世子様、お久しぶりでございます」
「そんな、世子などと……」
「今やお父上が簫家の主です。ならば、長子であらせられる慈志様が世子ではありませんか」
「それはそうなのですが……。やはり、突然のことで、自分のことを考える余裕がなく、すみません」
「お気になさらないでください。あまりに立派になられているので、私のほうが焦ってしまったようです」
「ありがとうございます。あ、えっと、
「朱燕軍で薬術師をつとめております、
「薬術師の方でしたか。どうか楽になさってください」
「ありがとうございます」
ところどころ聞こえてくる武勇伝や、
それに比べ、目の端に映る
どちらかと言えば、書物にかじりついていそうな学者といった雰囲気だ。
「さぁ、酒でも捧げに行くとするか」
献杯し、一通り挨拶を済ませたあと、
どうせ、今日は宿泊していくことになっている。
故人とその家族が祭を望んでいるのなら、楽しまない手はない。
「
「ああ、混ぜたというか、桂皮と生姜、蜂蜜で作った薬酒ですよ。二人とも、寒冷地の演習でかなり疲れがたまっていたので、拵えておいたんです」
「なんだ、そうだったのか。それにしても……。ちょっと効きすぎているような気もしなくもないが」
「作ったのが
「それもそうか」
その姿がなんとも色っぽく、艶やか。
女性たちの熱烈な視線が注がれている。
「……わたし、退散しましょうか」
「なんでだ? 屋台を見て回るんだろう?」
「いや、なんか、邪魔かなって」
「はあ? 変なことを言う奴だな」
「モテる人にはモテない奴の気持ちなんてわからないでしょうね!」
「いきなり機嫌を悪くするなよな。ほら、おごってやるから」
「本当ですかぁ⁉ わたし、今月のお給金のほとんどを薬草購入に充ててしまいまして、もうすっからかんなのですぅ」
「馬鹿なのかお前は」
たっぷり二時間ほどを過ごし、気が付けば夕方。
二十時を過ぎた頃。
外はまだにぎわっている。
朱燕軍の将官たちはすでに寝息を立てている。
友好国とはいえ、玲国はなかなか遠い。
疲れが出たのだろう。
あの
そんな中、音を立てないよう慎重に外出する影が一つ。
「
「うひゃ!」
「どこに行くんだ?
「き、
さすがは朱燕軍の将軍。
気配の揺らぎには人一倍敏感なようだ。
「あの、えっと」
「父上からの依頼か」
「な、なぜそれを!」
「お前が俺に素直に話さない原因は父くらいしか理由が浮かばんからだ」
「そ、それもそうですね」
「……俺が知っては都合が悪くなるような話なのか」
「いや、それどころか、あなたが知ったからこの依頼をされたというのが正しいというか……」
「は?」
さかのぼること二日前。
一際広く、だが華美ではない、とても落ち着いた雰囲気の部屋。
その中央で、
「あの……」
「おお、
「なんなりと」
「おお、そんな安請け合いして大丈夫か?」
「もちろんです。衣食住、お世話になっておりますから」
「そんなこと、気にする必要はないというのに。律儀なのだな」
「どうかなさったんですか?」
「
「はい」
「だが、それゆえに、
「そうですねぇ」
「そんな
「……え」
「このことは慧国皇帝陛下と玲国皇帝、そして私と
「それは……、危険ですね」
「ああ。
「それは、皇帝家の血をひいているからでしょうか」
「いや……」
「
「そ、それはまた因果な……」
国民の大部分を占めていた
それを良く思わない男性国民の劣等感情を煽り、下剋上の名のもとに
玲国丞相は、
先代玲国皇帝は丞相たちの「内紛が治まったらこちらへと攻めてきますぞ!」という言葉を信じてしまい、
そうして多くの
そこで、玲国第一皇子は出会ったのだ。
どんなに厳しい追及にも毅然とした態度で臨む美しき女傑、
二人が恋に落ちるのに、時間はかからなかった。
ただ、ひっそりと愛を育んでいた二人の間に生まれたのは、男児。
お互いの身を亡ぼすのには十分すぎる存在だった。
そこで、もっとも信頼していた三人の人間に、その子の命運を託すことにしたのだ。
その三人こそが、若き慧国皇帝と
子供は、なかなか子を授からずに悩んでいた
玲国第一皇子が皇帝になった後も、この秘密が口外されることはなかった。
つい、最近までは。
「と、いう経緯です……。
「これだ」
そう言って
――お前の父親は噓つきだ。彼は知っている。
「いつこれが?」
「一週間前だ。最初は嘘だと思い、燃やそうとしたのだが……。胸騒ぎがしてな。何日か考えてから、父上に問うたのだ。間違っていると、言ってほしくて……」
「でも、本当のことだったのですね」
「ああ。真実だった」
「何が起こっているのか、俺も知りたい。大切な友人なんだ、
「……わかりました。でも、どんな結末が待っていたとしても、後悔しないでくださいね」
「……承知した」
目くらましの
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