第十一集 青い
馬市最終日、乱闘というほどでもないが、物理的な小競り合いが起こった。
次回の開催日を巡り、草原の民と慧国の城主たちの間で言い争いになり、それが喧嘩にまで発展。
朱燕軍が止めに入ったものの、それが余計に草原の民の注意をひいてしまい、現場は大混乱。
流石に
「剣をおさめよ!」
クハルゥ族族長、イヨヒキの声だった。
「我々草原の民は蛮族ではない! 何のために中原の言語を覚えたのだ! 対話で解決せよ!」
つい一週間ほど前まで寝込んでいたとは思えないほどの
次々に手を止めていく戦士たち。
他の城から来た兵たちも剣をおさめ、壁となっていた朱燕軍も両腕を降ろし、小さく息を吐いた。
「今宵は宴である。昼間から騒ぐでない」
そう言い残し、イヨヒキは天幕へと戻って行った。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ。多少、力を入れ過ぎたようだ。げほっ、げほっ」
急いで駆け寄り、咳を受け止めたイヨヒキの手を見たが、血は混ざっていない。
「もう。無理しないでくださいって言いましたよね」
「ああでもしなければ、戦の火種が出来るところでした。今回の馬市は友好的な交流の場でもあります。草一本燃やすわけにはいかぬのです」
「そうですけど……。さぁ、薬を飲んでもらいますよ。
「……苦い薬ですか?」
「……甘いやつです」
「それはよかった」
「
それらを
「朱燕軍を助けてくれたお礼です」
「なんと、かぐわしい香り……」
イヨヒキはそれをぺろりと平らげると、満足そうに微笑んだ。
「こんなにおいしい薬ならば、毎日でも食べたいですなぁ」
「ふふふふふ」
「痛くないですか?」
「いえ。気持ちが良いです」
「族長殿はしなやかな筋肉をされているので鍼がさしやすいです」
「そういうものなのですか?」
「わたしは、鍼はそこまで優秀ではないので、体質によってはさしにくい方もいますね」
「薬術師にも、得手不得手があるものなのですね」
「そうですね。わたしの父は鍼術の達人で、からだにあるすべての
「ほう! それはぜひともお手合わせ願いたいですな」
「族長殿が完全に快復したら父に話してみます」
「治療がさらに楽しみになりました」
「それはよかったです」
「……ん? おお、
「ああ、
「心労で少しお疲れのようでしたが、元気でおられますよ」
「そうか。先ほどの礼を述べようと来たのだが……」
「休ませてさしあげてください。お礼をしたいのなら、宴の時でいいと思いますよ」
「わかった。そうするとしよう」
「軍馬は買えましたか?」
「種馬五百頭、騎馬用の駿馬三千頭、兵糧などを運ぶ用の駄馬五千頭、兵器を運ぶ用の
「朱燕軍の分はどうだったのです?」
「ウルナが全部手配してくれてな。ものすごく優秀な馬の一団が来月届くらしい。数は少ないけど、自信作だと豪語していたな」
「それは安心ですね」
「あと、
「生育に関わる大事な馬のごはんですもんね」
「兵部侍郎はそこんとこよくわかっていないのか、飼葉に金を出し渋ってたな。本当に困る」
「あ、そういえば……」
「……そうか。まぁ、父親の病状は心配だろうからな。あのような体調で馬市のために会場まで来たことがもはや奇跡に近いことだったのだから」
「クハルゥ族は草原の民の中でも最大の規模を誇っていますから。感じる責任もまたちがうのかもしれませんね。ただ、ソオイ殿がそれだけのために来たとは思えませんけど」
「何のために……。そうか、
「どういうことですか?」
「朱燕軍の兵士の顔だよ。絵師に一人一人の特徴を描かせたんだ。やつは俺のことは知ってる。俺の側近も。ただ、将以下の兵士の顔はさすがに知らないだろ? だから、今回少しでも把握しようとやってきたんだ。奴が一番恨んでいるのは俺だから」
「まだ部隊長だった頃の話ですか?」
「ああ、そうだ。遊撃隊で、先鋒を任されたのがクハルゥ族との戦いだった。俺も張り切っていたし、父のようになりたくて必死だった。兄の指揮で戦いに出るのが嬉しかった。そうしてぶつかったのが、ソオイが率いていた部隊で、俺は……」
「ソオイの婚約者を討った。ソオイの近衛兵の隊長だったんだ。とても強くて、勇敢な戦士だった」
「戦争だったのだから、仕方がないじゃないですか。婚約者だと知っていて討ったわけではないのでしょう?」
「もちろん。だが、結果的にそうなってしまった」
「遺体はどうしたのですか?」
「身に着けていた装飾品からソオイの婚約者だと知り、クハルゥ族へ返した」
「それほどの地位の人物ならば、通常なら、遺体は……」
「朱燕軍はもともと遺体を辱めるようなことはしない。それでも、首を斬り落とすことはある。ただ、それをしなかっただけだ。殺したことに変わりはない」
「……戦場において最大の温情をかけたのに。ソオイ殿にはそれがわからぬほどの悲嘆だったのか、それとも、生来の性格によるものなのか……」
「両方だろうな」
「では、敵ですね。わたしにとっては、
「おい、たしかに俺は煙で
「はい。いつも涙目になってますもんね?」
「ぐっ」
二人は目を合わせ、一呼吸ののち、何かが破裂したように笑い出した。
「あはははは! まったく、お前はいつもそうだ」
「ふふ、ふふふふふ。だって、
「あはは、はぁ、ふぅ。笑いすぎてくらくらする」
「あ、脳に酸素が足りてないんですよ。さぁ、深呼吸してください」
「はいはい、そうするよ」
草原の風はいつも爽やかだ。
時折、馬糞のにおいもするが、それは馬市だから仕方ない。
深呼吸する
ここがずっと、青いままでありますように、と。
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