第一章
第一集 数奇な始まり
「いやぁ、今日もいっぱい買っちゃったなぁ」
ここは
広大な中原大陸の中でも、陸路も海路も発達している慧国の都〈
特に皇帝が住む居城、
豊かであるということは、その分、軍事費も膨大。
慧国には八人の常勝将軍がおり、そのうちの一人はまだ前途洋々な二十代である。
「おい、それ全部うちで干す気なのか……?」
そんな若き将軍がこの男性、
「え、だめですか? 薬草の香りって冬の朝みたいに澄んでいて気持ちよくありません?」
「俺にはわからん。ただただくさい」
「まぁ、そういう植物もありますね」
「お前のは特にそんなんばっかりじゃないか」
「そうですかねぇ?」
「そんなんだから嫁が来ないんだ。お前には」
「わたしはまだ二十一歳なのでいいんです。それよりも、御自分のことを心配されては?
「うるさいなぁ。俺は良いんだよ。兄上が立派に家を継いで子供も五人いるから。血筋を残すっていう役割からは解放されてるの」
「それを言うならわたしだって、兄上も姉上ももう結婚していますから。末子のわたしは自由に生きつつ、薬術と添い遂げられます」
「はいはい。で、いつまでうちに居候するつもりなんだ?」
「……お腹すきましたね! 何か食べてから帰りましょう」
「またはぐらかしやがって……」
そのあとを、盛大な溜息をつきながらついていく
体格も年齢も生きてきた環境も容姿もまったく違う二人。
なぜ同居することになったのかというと、それは一年前にさかのぼる……。
☆
戦争は悲惨なものだ。
軍配者は細かな作戦の中で、何人までなら死んでも戦闘可能かを計算し、諸将は流血する仲間たちに「戦え!」と檄を飛ばす。
負ければ家族が奴隷になるぞ、と、自分自身をも脅しながら。
「ここが敗れれば、敵は一気に国内に流れ込む。近隣の城にはもう戦う余裕などない。それなのに……」
慧国北方の守護神とも称されるほどの将軍、
常勝軍として知られる
「父上、軍医でも原因がわからないようです。
「
「そ、そんな!」
絶望的だった。戦が始まってから今日でちょうど一ヶ月。
まともに戦えるのは二万にまで減っていた。
敵である北方民族は主力の騎馬隊が補充し続けられており、目算でもまだ五万はいる。
「いったい、どうすれば……」
「あのぉ……」
「……ん?」
純白の
「あの、ここら一帯、血や火薬よりも病の霧とにおいが濃くて濃くて……。心配で見に来たんです」
「……は? 霧……? におい……?」
「はい。お困りなのではありませんか?」
声からすると、すでに成人しているのだろう。もしかしたら少年ではなく青年かもしれない。
「どこの国から来た」
「えっと……、その、なんと言いますか……」
怪しい。悪い奴には見えないが。
「言ったら治療させてもらえますか?」
「……今は緊急事態だ。もし腕に自信があるというのなら、お願いしたい」
「……わたしは仙境から来ました。
「……せ、
「あああ、あんまり大きな声で言わないでください。正体が
「なぜですか?」
「どこの国の朝廷にもよく思われていないので……」
噂通りなら、
つまり、皇帝と言えど、
「……なるほど。それもそうですね。わかりました。もし可能ならば、証拠をお見せいただけると……」
「白い煙……。
「それはよかったです。では、さっそく治療を始めても?」
「よろしくお願いいたします」
少年は嬉しそうに微笑むと、鞄から次々に道具と巨大な薬箱を出し、調合を始めた。
「
口元に布を巻き、何やら生薬の名前を言いながら次々に混ぜていく。
「症状に吐き気がある人にはこちら、桂皮の煎じ薬を。そうでない方には
「わかりました」
数時間後、戻ってきた
「すごいですね! 薬湯を飲んでたった数時間で次々に快復してしまいました!」
「それはよかったです」
「通常の薬ではこうはならないはず……。やはり、仙術なるものをお使いなのでしょうか」
「そうです。ただ、今回の場合はみなさんが武人だったから可能だっただけです。治療に使う仙術は
「お褒めにあずかり、光栄です」
「……それでなんですけど、頼みがあるんです」
「ご恩に報いるためならば、なんでも……」
その瞬間、少年はがっしり
「住む家を探すのを手伝ってください!」
「……お、お安い御用ですが……。仙境に戻られなくていいのですか?」
すると、少年はうつむき、ぼそぼそと話し始めた。
「じ、実は……、正確には仙境ではなく、聖域を……、怠惰で弱すぎるって追い出されたんです。
「弱い、とは」
「わたしは次男で末子。つまり、どこの世界でも自由に生きていい存在のはずなんです! それなのに! 父と母は毎日調剤室に入り浸るわたしに、『家の手伝いをしろ』とか、『たまには外に出て武術の練習をしなさい』とか、『一度でいいから戦場に出て武功を上げてこい』とか……。もう、耳にタコができるってんですよ!
熱く語ったかと思えば、どんどんと勢いをなくし、しょんぼりしてしまった少年。
自分の周りにはいない
軟弱で、頑固で、わがまま。
朱燕軍にいる武人の多くは、次男以降に生まれた男たちだ。
家を継ぐ長男の代わりに、それ以降に生まれた男は戦に出る、というのが一種の常識のはず。
ここが戦場ということもあり、
「……じ、自業自得じゃねぇか!」
「えええ!」
「別に男だから戦え、とは言わねぇが、家族は支え合うのが情義ってもんだろう⁉ 家の手伝いすらしねぇのに、なんでそんなに偉そうなんだよ! 自由と
「うえええ……。齢は成人したばかりの二十歳……。名前は
「いや、ダメだ。よし。この戦が終わるまで、軍医として雇ってやる。しっかり働け。そのあと、帰郷したら俺の屋敷に住まわせてやる。家賃はいらない。が、その分、働いてもらうからな」
「ひぃええええ!」
「逃げたら斬る」
「うえええ」
その後、一ヶ月かけて国境線は平定され、朱燕軍は大いなる武功と共に帰還。
逃げるどころか、
☆
そして現在に至る。
なんだかんだ働かされてはいるものの、
手放しがたくなって当然だろう。
生活水準で言えば、まさに最高。
小言を言ってくる両親がそばにいないだけでも楽だというのに。
それに、
皇帝家の覚えもめでたく、
兄弟姉妹も仲が良く家督争いもないので、家として一番いい状態だと言えるだろう。
ただ、そのせいで外野から嫉まれ疎まれることも多く、警備は厳重。
兄弟それぞれ、年に数回は嫌がらせを受けている。特に、文官の家から。
「食べたいものは決まったか?」
「そうですね、やっぱり麺にしましょう! 牛肉が入ったやつ!」
「はいはい」
ちなみに、
日々、
その多くは、都周辺を跋扈する魑魅魍魎による被害を減らす仕事。
調伏だ。
(ちなみに、成人している
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