あの時感じた絶望感は今でも鮮明に
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あの頃の事を詳しく思い出すと辛い気持ちになるので、できればもうあまり考えたくはないのでありますが、あの時感じた絶望感は今でも鮮明に覚えております。しかしそれ故に、メリカは今、アルヴィン・ランフォード博士に会えたことを喜んでいるように思えます。メリカは私と違って過去を振り返ることができるからです。メリカ・リリスがアルヴィン・ランフォード博士を恨んでいた理由は一つしか考えられません。メリカはずっとランスロット先生のことが好きだったのでしょう。そしておそらく、アルヴィンという名前を付けたのはランスロット先生なのだとメリカは思っていました。だから、メリカがメリカ・リリスの意識を取り戻す前、彼女の人格は無意識的にランスロットを求めていたのだと考えられます。ランスロットとノーマは違います。二人は別人です。二人の間に愛情は存在し得なかったのです。ランスロットはアルヴィンではありません。
メリカの肉体はビホルダーによって支配されています。彼女は私に対して、敵意にも似た強い執着を示しています。私が彼女を見捨てればメリカの自我は消滅し、ビホルダーはメリカの肉体を手に入れられるかもしれません。しかし、そうはさせません。メリカが消えてしまうことは、メリカ自身の死を意味します。
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私が人間ではないというのなら、この肉体も、私の魂さえもが偽物ということになるのかもしれない。ならばいっそ、全て壊れてしまった方がマシだ! メリカの心が悲鳴を上げているのが分かった。メリカは必死に抵抗している。僕はそれに干渉できない。僕の力ではどうすることもできなかった。――お願い! 目を覚ましてメリカ! メリカ!
――無駄よ! 彼女はもう私のものだもの! 私はメリカを支配している。この身体の所有権は全て私にあるのよ! メリカ・リリスの瞳の奥で何かが煌めいた。僕と視線がぶつかる。次の瞬間、僕の頭の中に直接言葉が入り込んできた。それは、僕の精神を侵食し、破壊する呪われたメッセージだった。
――ランスロット、あなたを愛しているわ! 愛してる! ランスロットは、かつてランスロットと呼ばれた男は死んだ。今、目の前にいるのは、アルヴィンという名の悪魔だった。
アルヴィンの肉体の制御権がメリカに移る。アルヴィンはニヤリと笑みを浮かべた。
――あなたの負けね、ランスロット! さぁ! 早く私を殺せばいいじゃない! あなたは私を助けに来たんでしょ? 私を殺しなさい! それがあなたに残された唯一の選択なのよ! あなたは、あなただけは! 私がこの手で殺すの! メリカは涙を流していた。
――ねぇ、教えて? 私がメリカじゃなくて、本当は誰だったらよかった? メリカ? それともこの女?
――そう、やっぱり、メリカが一番だった? ありがとう、メリカ……。私もね、あなたを愛してるわ……
そう言うなり、彼女は手刀を構えた。そしてそれを僕に向かって振り下ろしてくる。
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私が見たのは、私の首を絞めようとしてくるノーマの姿でした。私は彼女の手を払いのけます。そして彼女の顔を殴ると、よろけた拍子に倒れた彼女に馬乗りになりました。私は彼女の首に手をかけます。
――何をするつもりなの……!?やめて! お願い……! ノーマは悲痛な声で叫びました。私は無言のまま彼女の首を締め上げていきます。
――ぐぅ……! うぅ……! 苦しい……! 私の中でメリカが暴れています。
――やめろ!やめるんだ! ノーマが死ぬぞ! やめろ! やめろ!
――黙れ! 私は私の声を無視します。この声の主は私であって私ではありません。これはただの幻聴なのです。私はノーマを殺そうとしていました。――ううう! うううううう
「――メリカ!」
私の腕を誰かが掴みました。それは、私のよく知っている人でした。彼は、アルヴィン・ランフォードは、私を優しく抱きしめてくれました。私は彼の胸で泣きました。
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「君たちのおかげで命拾いした」
「別に、たいしたことじゃない」
メリカはツンとした態度で答えた。
「いいや、本当に助かった。まさかこんなところまで追ってくるとは思ってなかった」
「ふん、あんたが死にそうだっていうから、わざわざ助けに来てやったんじゃないか」
「ああ、そうだな。ありがとう。感謝している」
「ま、まあ、私はそういうつもりできたわけじゃないんだけど……、べ、べつに、礼なんていらないから! 困った時はお互い様だし! だ、大体、あれだよ、その、えっと、お、おお、お前のためじゃないんだから! 私が嫌なんだ! それだけの話だから! 勘違しないでよね! ばか! ばか! バーカ! バーカバーカ! ほんとに……バカ…………ぐすっ」
ランスロットはメリカをじっと見つめた。その目に映るのは憐みの感情。メリカは居心地が悪くなって目を逸らす。
ランスロットはそんなメリカをしばらく見ていたが、やがて何も言わずに背を向けた。
メリカはランスロットの背中を見送る。ランスロットが振り返ることは二度とないような気がした。しかしメリカは何も言えないまま、その場に立ち尽くしていた。ランスロットの姿が消えた後も、しばらくの間メリカは動かなかった。やがて、ぽつりと呟いた。
――私は、間違っていなかったはず。きっと。多分。おそらくは。
ふと空を見上げると、星が見えた。いつの間にか月も出ていた。月明かりは、どこか頼りなさげに地上を照らし出している。
――ランスロット、私はあなたを信じてるからね。信じてる。
夜は静かに更けていく。メリカとノーマが地球を脱出し、新たな世界への一歩を踏み出した瞬間だった。
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