宇宙の闇に包まれた、人類初の外惑星用生体宇宙船が死の危機に!量子魔導士《ウイッチ》たちの勇気と規則に縛られない決断が人類史上最大級の危機を救う!緊迫感溢れる宇宙冒険譚、『ドラゴンフライの命運』
水原麻以
シコルスキー・ブギを今月今夜も踊ってくれ
平和な日常は1秒で崩れる。明るい日ざしはどす黒い赤に染まり、海鳥はけたたましい悲鳴と耳ざわりな金属音に変わった。
ボコッと耳道が鳴る、減圧が始まった。あってはならないトラブルだ。
与圧結界は
特に宇宙においてはだ、取り返しのつかない惨事をまねく。儀式に欠かせない重くてかさばる
それを宇宙船規模に拡大する予備実験が
前代未聞のトラブルが発生した。
人類初の
バサバサとスカートがはためく。耳孔の痛みは和らいだが息苦しさが増す。
外壁が破損して
メリカはブラウスとミニスカートを脱ぎ捨ててビキニ水着になった。ちゃぷ、と頭から漿液に飛び込む。
ビホルダーの瞳ごしにどんよりしたエアロックを見やる。三分間待ったが
酸素分圧消滅まであと22分。
「なにをやってるのよ」
「貴女ねぇ!…ガリッ」
主席の催促を工具で叩き壊した。30インチ水晶パネルが砕け散る。
「船を見捨てて合流はできないわ。いくら規則でも」
ノーマはきっぱりとカメラ目線で言った。
彼女とシャロンは与圧結界を繕おうとドラゴンフライの延命治療を試みていた。
「
メリカの脳裏で教訓が叫ぶ。心配になって【傾聴】を詠唱する。女の愚痴と悪態が鼓膜をビリビリ震わせる。
「あの子たち、ドラゴンフライを『まだ』人間だと思ってるのね…」
メリカは結論づけた。作戦魔女二人に箒を捨てる意志を持て、と命令しても却下されるだろう。
ドラゴンフライは人間だった。しかも違法に製造された。滞空証明書も船籍も非公式だ。
敵は得体の知れない恐怖を武器に選んだ。ありえない事故、発生確率が宇宙創造より低い誤謬。予定調和としか思えない不幸の連続。
世界が不可解な点を線で結ぶ間に二億人が斃れた。そこれようやく人々はパウリ効果のパンデミックに気づいた。
責任転嫁戦争の戦線を半分で閉じ事故調査委員会を多国間でたばね、情報共有していくうちに人類は一つの仮説を得た。
「地球人こそが、エイリアンの正体?」
国連が導き出した結論に各国政府は動揺したが、やがて一致団結して地球外生命との対話に踏み切った。
その試みは功を奏した。エイリアンの代表たちは友好的に人類の領域にやってきた。彼らは人類のテクノロジーを学び、地球の環境に適応していった。
そして今、人類は彼らと交流し共存共栄の道を模索している。
地球脱出船団は、エイリアンの代表が乗ってきた
しかし、そう上手くはいかない。エイリアン製の
そして、ついにドラゴンフライが建造された。
この実験航海の成功により、国連宇宙局は地球人が宇宙に進出できる可能性を示唆した。人類はまだ見ぬ星々に夢を広げた。
そんな折、ドラゴンフライが
メリカは救命活動に駆けつけた。
メリカはブラウスとミニスカートを脱ぎ捨ててビキニ水着になった。ちゃぷ、と頭から漿液に飛び込む。
ビホルダーの瞳ごしにどんよりしたエアロックを見やる。「なにをやってるのよ」
「貴女ねぇ!……ガリッ」
主席の催促を工具で叩き壊した。30インチ水晶パネルが砕け散る。
「船を見捨てて合流はできないわ。いくら規則でも」
ノーマはきっぱりとカメラ目線で言った。
とつぜん、ノーマの身体がビクンと跳ねた。「ひぐっ!」
ノーマはビキニ水着を脱ぎ捨てて全裸になった。
ビホルダーの水晶パネルごしにメリカが見たものは、手刀をビホルダーに突き刺すノーマの姿だった。
ノーマの腕から血が噴き出す。
メリカは耳孔の奥に針を突き立てられた。ノーマの悲鳴が頭蓋骨の内側から聞こえる。メリカは水晶パネルに爪を立てた。ビホルダーが揺れる。
ドラゴンフライはもう持たない。ノーマの子宮が潰れた。
ノーマは意識を失った。ビホルダーの瞳から生気が消える。メリカはビホルダーに潜り込んだ。ビホルダーの体内は熱く蒸れていた。眼球生物の肉体は再生能力に優れるが、その分細胞増殖に伴う発熱を抑えられない。
メリカは【鎮痛】の術式を唱えた。ビホルダーは死んだ。
メリカはビホルダーの肉と骨を引き裂いて脱出し、そのままエアロックをぶち破った。
「ドラゴンフライはもう持たない」
ノーマに駆け寄りビキニ水着を履かせてブラウスとミニスカートを被せた。ノーマの瞳に涙が溢れた。
「なにがあったの」
「え? あぁ……、……うぅ」
「大丈夫よ。なにも言わなくていいから」
「…………なにが起きたのか分からない。なにかに押しつぶされて」
「なにに?」
「…………なにかに」
「……分かった」
「……ありがと」
「礼なんて要らないわ」
「…………あなた、誰?」
「私の名前を覚えてる?」
「……名前、メリカ・リリス」
「そうよ。私が誰か分かる?」
「…………」
「じゃあいいわ」
メリカはエアロックの向こう側を見た。ドラゴンフライの外殻が赤黒く溶けていく。船体が膨らんで破裂した。
「あれをご覧なさい」
ドラゴンフライの破片が大気圏に突入した。赤い炎に包まれる破片がみるみる小さくなり、青い惑星が見えてきた。
「さようなら、ノーマ」
メリカはドラゴンフライに背を向けた。大気圏に再突入したノーマはドラゴンフライに飲み込まれた。ノーマの肉体は焼け焦げ、炭化し、原形をとどめていなかった。
ノーマの精神だけが、かろうじて生存している。
「……痛い、……助けて」
「どうしたの」
背後で女の声がする。
振り向いたメリカの目が驚愕に見開かれた。
シャロンだった。
彼女は素足で立っていた。髪と瞳の色が変わっている。顔が幼くなっているが、まぎれもなくシャロンだ。「なんで……」
「ごめん、あたしはドラゴンフライじゃないんだ」
「……どういうこと」
「ノーマっていうの」
「嘘」
「ホントだよ」
「でも」
「ドラゴンフライの魔女は死んじゃった。今ここにいるのはノーマだけなんだ」
「まさか……」
メリカの頭の中で情報がつながった。ノーマをビホルダーの眼孔に入れた時、彼女の魂の一部がドラゴンフライに吸い込まれていたのだ。
「あなたは何者?」
「ノーマ。あなたの友達の一人よ」
「ノーマ、……私のこと覚えてるの」
「……思い出した」
「よかった」
「ありがとう」
「どうして感謝するの」
「ノーマって名前、すごく気に入ってる」
「ノーマ……、……それがあなたの本質なのね」
「たぶん」
「私は、メリカ」
「知ってる」
「嬉しい」
「シャロンは」
「忘れた。憶えてるのは自分の名前がノーマだってことくらい」
「そっか」
「うん」
メリカとノーマはエアロックの前で手をとりあった。
「私たちこれから、どうしよう」
「生きてくしか無いじゃん」
「どうやって」
「わかんないけど」
「困る」
「だよねー」
メリカはため息をついた。ノーマは肩をすくめた。メリカとノーマは見つめあってクスッと笑った。
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