第37話 一目惚れの人

広一は、高校生の時に誰よりも惹かれる人に出会った。


その人は京香と名乗り、長く艶がある黒髪に、はっきりとした目鼻立ち、かなりの美人だが、化粧をしておらず、どこか儚げな印象を受ける。


妖精のようだ。こんな綺麗な人見た事がない。


広一は、京香に夢中になった。何度も告白をするが、年下の広一を相手にしてくれない。


そんな中、京香は大学へ進学した。広一も後を追うように翌年京香と同じ大学へ進学した。


「あら?広一君じゃない。」


大学で会った京香はすっかり変わっていた。


派手な化粧に、ブランド物のバック。黒髪の妖精はいなくなっていた。だけど、京香である事には違いない。


「京香さん。付き合ってください。」


「「ふふふ。かわいい。」」


京香の周囲にいる女達が京香へ言う。

「いいじゃない。今までの相手の中で一番まともそうね。」

「ふふふ。広一君。私と遊びましょうよ。」


「あら、全員でもいいのよ。」


それを聞いていた京香は言う。

「ちょっと止めてよ。広一君はそういう相手じゃないから。」


その発言を聞いた周囲は訝しく首を掲げていた。


「あら?もしかして京香のお気に入り君なの?」




京香は言った。

「違うわよ。広一君が、そういう相手になるのは嫌なの。」



周りの女がまた笑う。

「あら?今度は京香が可愛いわ。ふふふ。」




大学では、何度か京香と会うが、京香はいつも違う男と一緒だった。



広一はもどかしかった。



京香が広一の事を好ましく思っている事は感じる。だけど、京香は広一だけではダメらしい。



(どうすればいい?どうすれば京香は俺だけをみてくれる?)



卒業して就職してからも、広一と京香の付き合いは続いていた。だけど京香は広一以外とも交流があるようだった。


就職し3年目に広一は京香をドライブに誘った。


ボーナスを使って買った外国車は、ブランド好きな京香を意識して購入した車だった。


京香は、とても嬉しそうにしていた。


以前広一の自宅へ招いた時も、自宅の広さに驚いていた。


(京香が俺だけの物になれば、きっともう他の男の所には行かないはずだ。きっと。)


無数の光が踊るように煌めき続ける夜景を見ながら、広一は京香へ言った。


「京香。愛している。結婚してください。」


京香は驚いた表情をしたが、すぐにうれしそうな顔になり答えた。


「はい。広一さん。」







京香とは結婚後すぐに広一の実家で同居する事になった。


京香も仕事をしており、家事は母の文が担う事になっていた。


妹の鈴も半年後には結婚する予定になっている。


うまく行くと思っていた。


結婚さえすれば京香は俺だけを見てくれると、、、、







結婚し家を出て行った妹の鈴が、広一の職場を訪れた。訝しく思いながら、休憩時間に話を聞くことにした。


鈴は、思い詰めた表情で言った。

「兄さん。あの女とすぐに離婚して!」


広一は驚き言う。

「何を急に?京香の事か?」


鈴は、広一を見ながら言った。

「そうよ。私の旦那と京香さんが不倫をしているの。あの人は、良を産んでまだ間もないはずなのに、どうして私の夫と何回も会っているの。もう私のお腹には子供がいるのに。」


広一は、震える手を隠しながら言った。

「鈴、なにかの勘違いではないのか?」


鈴は言う。

「勘違いじゃないわ。二人でいる所をはっきり見たのよ。お願いよ。離婚してあの女を追い出して。」


広一は頭を振った。

「それは、、、」


鈴は、広一が京香に何年も告白をしてきた事を知っている。


鈴は絶望した表情で、広一へ言った。

「兄さんは、妹の私よりあの女が大事なのでしょ。もういいわ。でも、あの女が出て行かない限り、私はもう丸田家に帰りませんから。」


広一は、信じたくなかった。


京香は、結婚しても変わっていない。広一以外に目を向ける。


変ってくれると信じていた。


だけど、やっと手に入れた京香を手放すなんて広一にはできそうになかった。





妹の鈴は、婚家で子供を産み体調を崩して亡くなった。


妹は、あの後、一度も丸田家に帰ってきていない。


母の文は、ずっと鈴の帰りを待っていた。妊娠しても、出産しても、亡くなってからも、鈴の帰りを待ち続けている。


広一は、自分が京香と別れないから、鈴が帰って来なかった事は知っている。それを知らない祖母は、ただ悲しそうにしているだけだ。


鈴の子供の麗奈はどうやって育つのだろう。


まさか父親が、義叔母と不倫をしているとは思わないだろう。








罪悪感を感じていると、京香が広一に話しかけてきた。


「広一さん。一緒に食事に行きましょう。良はお義母さんが見てくれるのですって。」


笑う京香はやっぱり美しい。


だけど、、、


「嫌。私は行かないよ。家で良と食事をするから。君は行きたい所があるなら行っておいで。」


京香は不思議そうな顔をして了承した。

「あら?そう。じゃあ行ってくるわね。」



妹は亡くなってしまった。遺骨さえ丸田家に帰ってこない。何度かのやり取りで気分を害したのか、京香の事を薄々気がついているのか、妹の嫁ぎ先とは疎遠になってしまった。


京香の事は好きだ。ずっと片思いしてきた相手だ。一生添い遂げたいと思っている。だけど、妹と母、産まれたばかりの姪の事を思うと京香と触れ合いたいとは思えなくなっていた。








そんな広一に気が付いたのか、暫くして京香が広一へ言った。


「ねえ、貴方どうしたの?最近私達距離があると思わない?」



広一は黙り、深くため息をついた後で、京香に尋ねた。



「今は何人だ?」




京香は訝し気に言う。



「何の事?」



広一は言った。



「付き合っている男の数だよ。」



京香は、驚いたように広一を見る。




「鈴が教えてくれたよ。鈴の夫にも手を出したそうだね。他にもいるのだろう。たしかに京香の事が好きだし大事に思っている。でも俺は、大事な人を他の男達と共有するつもりはない。」



京香は言った。


「どうしてそんな事をいうの?結婚前も同じような事があったじゃない。そんなに怒るような事じゃないわ。」


広一は言った。


「もし、君が他の男と遊ぶ事をやめるなら、また君と触れ合いたいと思う。けど、今の状態なら、もう無理だ。」


京香は怒って言った。


「いいわよ。それなら私だって好きにするわ。」





ハッキリと言った事がいけなかったのか、京香との距離はどんどん広がって行った。


これでよかったのかもしれない。


自由に飛び回る蝶を留めようとした事が間違いだった。


定年を迎えた京香は、さらに外出を増やしていった。


その頃、広一は気になる事があった。母の様子が可笑しい。家事ができなくなっているようだ。それに、嫁の事を「鈴ちゃん」と呼び「帰って来てくれてありがとう」と何度も言う。その「鈴ちゃん」と呼ぶ声が亡くなった妹の鈴を呼んでいるように感じていた。






そんな時、姪の麗奈から連絡を受け、久しぶりに会った。


麗奈は少し痩せたようだった。

「叔父さん。私、離婚したの。ごめんなさい。かなりの額の通帳を渡してくれたのに。」


本来なら麗奈は丸田家に引き取るつもりだった。だが、あの時も京香が酷く反対してそうはならなかった。


「そんな事気にしないでくれ。結婚が全てじゃない。その通帳は麗奈の物だ。君の為に使ってくれ。」


そう声をかけると、麗奈は写真を、広一へ渡してきた。


「叔父さん。お願いがあるの。お金なんていらないから、京香さんと別れて欲しいの。あの人は叔父さんを裏切っている。父の遺書に京香さんらしき女に騙されたって書いてあったわ。お願いだから、目を覚まして。京香さんと離婚してください。」



その写真には、若い男と親しそうに手を組む京香の後ろ姿、ホスト達に囲まれ笑っている京香の姿が写っていた。



麗奈の必死な表情が、妹の鈴に重なる。



ああ、そうか、私の我が儘で、皆に迷惑をかけている。



分かっている。亡くなった妹、その娘の姪、母や息子夫婦にとって、京香が危険な存在な事は分かっている。



ただ、俺は、、、、



もう限界かもしれない。



京香は毎晩外出する。



きっと俺に愛想をつかしているだろう。



遊びまわる妻に、生活費を渡し続けるわけにはいかない。



金を渡せば渡すだけ、それを持って、京香は俺から離れて別の男の所へ飛んでいく。



家の貴金属を漁っている事も知っている。まだ、1階だけだが、そのうち息子夫婦の物まで盗ろうとするかもしれない。



一目惚れだった。



いつかは俺だけを見てくれると信じていた。



だか、京香は違ったのだろう。



京香からは、きっと恨まれている。



なんども京香に言ってきた。



他の男と遊ぶな。家の物を持ち出すなと。



だけど、もし二人だけだったら、妻とはもう少し違う関係を築けていたかもしれない。もし何かが違っていたなら、妻は俺だけを見てくれただろうか。




だが、、、



もう、、、、



限界だ。



離婚するしかない。

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