第15話

 × × ×



 女の子を好きになる事が普通じゃないって気が付いたのは、小学生になった時の事だった。



 私の周りには、恋愛に興味のある子が多くて。思い返してみれば凄くませてる子たちだったと思うけど、特に女の子の間では恋の話が流行っていた。



「廻ちゃん、誰が好きなの?」


「私、皐月ちゃんが好き」


「……え?」



 その時の皐月ちゃんの顔は、今でも忘れられない。小学生の女の子にセクシャルマイノリティを理解しろというのが無茶なのは分かってるけど。けれど、ただ純粋に彼女に恋をしていた私にとって、あの拒絶を顕にした顔は一生忘れられないトラウマになっていた。



 それから、気が付くと友達が少しずつ距離を置くようになっていった。別に、虐められてるとかじゃなくて、何だか凄く気を遣ってるみたいで。腫れ物には触れちゃいけないって、本能で理解しているって感じで。



 直接的な虐めを受けたワケじゃない私が言うのはおこがましいかもしれないけど、あの孤独は虐められるよりも辛かったって思ってる。

 みんなのよそよそしい態度が、心から辛くて。こんな寂しさに苛まれるのなら、水を掛けられたり叩かれたりしても、構ってもらえる方がまだマシだって思うようになっていた。



 そして、あの日がやってきた。私が、崖から飛び降りて自殺を図ったあの日だ。



 私は、いつも自分の寂しさや苦しさをノートに書きなぐっていた。それを、机の一番奥深くにしまって、眠る前に毎日毎日、どれだけ苦しくても、それでも好きになってしまう女の子への狂った気持ちを書きなぐっていた。



 次第に、その子に構ってもらえるをすべてを憎んだ。だから、思いの形は罵詈雑言となっていった。書いているうちに、自分が何も知らないことに気が付いて、でも苦しい気持ちを形容する言葉が欲しくて、だから私はたくさんの小説を読んだ。この世界の言葉を、とにかく多く知りたかった。



 知って、憎んで、また書きなぐって。何度も何度も、何度も何度も何度も繰り返し続けた先で、とうとうお母さんにノートが見つかってしまったのだ。



 お母さん、すごく心配してた。悲しそうに泣いて、最初は私が虐められてるんじゃないかって怒って。でも、そうじゃないって私は伝えたくて。なのに、もしも女の子が好きだってお母さんに伝えたら、お母さんまで離れていってしまうんじゃないかって、凄く怖くて。



 何も、言えなかった。



 すると、お母さんは『どうして相談してくれないの?』と、大声で叫んだ。その瞬間、私の頭の中は真っ白になって。もう、何も考えられなくて。お母さんに嫌われたくないから黙っていたハズなのに、お母さんだけは、私を認めてくれるって信じたかったのに。



「お母さんなんて、大嫌い」



 そう言って、家を飛び出していた。



 気が付いたら、私は崖の上に立っていた。もう、生きていくのが辛くて、どれだけ気持ちを書いても、誰にも伝えられない事に耐えられなくて。だから、ここですべてを終わらせてしまえばいいって。好きでいること、ただそれだけの幸せに身を任せて、死んでしまえばいいって。



 そうして、私は空を飛んだ。



 ……でも、死ねなかった。私の体は軽すぎて、柔らかい土の上では即死に至る衝撃を得ることが出来なかったのだ。



 血の混じった苦しい息を見て、逆の方向にひん曲がった自分の体を見て、私はその時、死にたくないって思った。



 何でかな。あんなに苦しいと思っていたのに、この痛みよりも遥かに辛かったのに。私が感じていたのは、最後の瞬間まで一人ぼっちでいる寂しさだった。



 嫌だ。寂しいのだけは嫌だ。お願いだから、誰が私を見て。認めて、嫌いにならないで。冷たくしないで、慰めて。

 私は、ただ寂しかっただけなの。どうして、寂しさから逃げた先でもこんな目に合わなければいけないの?私、死んでからもこんなに寂しいの?死んじゃったら、死ぬことは出来ないのに。そんな場所で、ずっとこんなに寂しい気持ちを抱えていなければいけないの?



 嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。



「死にたく、ないよ」



 微かな声を、喉の奥から絞り出した。もう、誰にも届かないハズだった、私の今際の言葉。



 けれど、その時やってきた。高い空から、一羽のハゲタカが降りてきた。



 ハゲタカは、私の顔をじっと見て。首を傾げて、静かに去っていった。



 そして、私はなった。悪魔を宿す、依り代に。



 × × ×



「それじゃ、どうするのさ」



 ……わからない。



「叶えてやった俺が言うのも何だけど、自分の恋愛を他人に任せたって仕方ないんだぜ? せっかく死の淵から戻ってきたんだから、もう一回頑張りなよ」



 うん。



「それとも、キスしたりハグしたり、そういう肉体的な感覚だけで満足すんの? 君の寂しさって、そういうモノで解決出来る代物だったの?」



 違うよ。



「だったら、ちゃんと伝えてきなよ。昔っからずっと、君のことが好きだったって」



 でも、皐月ちゃんが好きなのはあなたの方だもん。



「まぁ、そうだけどさ。仕方ないじゃん、俺は悪魔なんだから。いずれ、廻ちゃんの前に生き残りたいって心から思う奴が出てきたら、そっちに浮気しなきゃいけないんだよ」



 ……ねぇ、悪魔さん。



「俺の名前、アンステークだってさ。なに?」



 アンステークさんは、男?それとも女?



「記憶の上では男だけど、昔は女だった事もあるだろうな。何せ、ファウストは14世紀の人間だ。俺は、何回記憶が変わってるのか自分でも検討付かないよ」



 そっか。



「俺に惚れたの?」



 ううん。でも、カッコいいし羨ましい。



「まぁ、悪魔だからな」



 そればっか。



「けどさ、俺は思うワケよ。多分、花菱さんは高校で再会して、ずっと廻ちゃんの事に気付いてたんじゃないかって」



 なんで?



「だってさ、彼女はなんのきっかけもない時に、無理やりカラオケ行くだなんて理由つけてさ。後ろ振り返って、話しかけてきただろ?」



 うん。



「ずっと、覚えてたんだよ。俺が勉強してたから話かけてくれたって言ったら、答えをはぐらかされたりしたしな」



 ……うん。



「廻ちゃんが告白したから、彼女も女の子を好きになっちゃったのかもしれないし。元々自分もそうで、誤魔化す為に廻ちゃんから離れたのかもしれない。けどさ、今のあの子は自分の気持ちに素直だ。多分、俺じゃ想像もつかないくらいの勇気を持って、告白してくれたんだと思うよ」



 ……うん。



「それにさ、女の子が好きでもおかしくないって教えてくれたって。あれ、多分俺が言い間違えたからじゃないよ。小学生の時の事、覚えてるからそういったんだよ。知らないことなんて、拒絶出来ない。間違いない」



 なんでわかるの?



「悪魔だから」



 ……ふふ。そっか、悪魔だからか。



「だからさ、出ておいで。幸い、答えは保留してある。廻ちゃんのタイミングで、伝えてあげればいい。君は5年以上も待たされたんだから、それくらいなら待たせてもフェアだ」



 ……うん、分かった。



「もう、死のうとしないでね」



 アンステークさんに会いたくなったら、自殺するかも。



「バカ、その頃には俺はどっか別の国にでも行ってるよ」



 そっか、残念。



「まぁ、頑張れよ。どうしても離れるのが嫌なら、死にそうなヤツは見ない方がいいぜ」



 ……分かった、そうするよ。

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