【長編】アンステークの惡魔
夏目くちびる
第1話
男なら、大抵の奴は女になってみたいと思うことがあるだろうし、しかも女になったらモテるんじゃねぇか?的な事も考えた事があると思う。
別にホモってワケじゃないんだ。ただ、男心が痛いくらいに理解出来るのなら、それってやっぱりモテるだろうなって。
恋愛は理屈でないのなら、理屈もまた恋愛ではない、的な思考実験をしていたっていえば分かりやすいだろうか。
……いや、それはカッコつけすぎた表現だな。ただの、自己満足だ。
ともかく、荒唐無稽でありえないからこそ、自分の都合の良いように妄想してしまう。それが、結構楽しかったりしていたのだ。
いや、分からんけど。でも、いつかの俺はそういう事を考えたりしてた。色々とシュミレーションしてみて、何だかんだで女なら人生うまく行くんじゃねぇかな?なんて事を思ったりもした。
……だから、こうして再びこの世に生を受けて、しかも股間に何もついてないことに気が付いた時は本当にたまげたよ。妄想って、妄想だからよかったのに。
まさか、本当に女になってしまうだなんて。俺、相当ビビってる。というか、元々この体にいた子の精神は一体どこに行ってしまったんだろう。本当に、分からない事だらけだ。
なんて。
「あの、こんにちは」
「あら、こんにちは。かわいいお客さんだけど、どちら様なのかな?」
深い霧の中にいたような、朦朧とした意識を吹っ切って目を覚ました俺は、自分が生きている事を知った後、考えるよりも前に走り出して三日三晩かけて実家へとやってきていた。
すると、かーちゃん。いや、前世のかーちゃんだけど。かーちゃんは、10歳の女の子である俺の小汚い姿を見て、しゃがみ込むと優しく笑った。どうやら、今からペットのコロと散歩に行くところだったらしい。
かーちゃん、こんなに白髪が生えてたのか。手も、結構しわくちゃだ。一人暮らしを始めた後も、ちゃんと実家に帰っておけばよかったな。
「か、かわいいワンちゃんですね」
「ありがとう、コロちゃんって言うのよ。噛まないから撫でてごらん?」
言われ、俺はコロの頭を優しく撫でた。すると、コロは不思議そうな顔をしてから、俺の顔をペロペロと舐めてお座りをした。いつも、散歩に行く前に見せていた仕草だ。
こいつは、俺を知っている。何となく、そんなふうに思った。
「この子、いつからいるんですか?」
「そうね、6年くらい前に橋の下に捨てられていたのを、おばさんの息子が拾ってきたの。最初は、こんなに小さかったのよ」
「そうですか」
まるで、俺を思い出すような仕草も見せないかーちゃん見て、かーちゃんは俺の事を悲しんでいないというよりも、元々知らないんじゃないかと思った。
ならば、少女のこの体は最初からこの形で生まれたのか?それとも、元々少女だった俺に知らない誰かの記憶が舞い込んで混濁してるのか?はたまた、今の俺は5分前に出来上がった世界のバグみたいなモノなのか?
もう、何一つ分からない。
「なんか、不思議ね」
「な、な、何がですか?」
「おばさんね、あなたの事を知ってる気がするの。どこかで会ってたかしら」
……気が付くと、俺は泣いていた。どうやら、俺の心は整合性よりも記憶と感情を優先してしまったらしい。先に死んでしまった申し訳無さに、『ごめんなさい』と何度も呟いて、どれだけ堪らえようとしても涙を止めることが出来なかった。
しかし、かーちゃんは俺を抱き締めてくれた。見ず知らずのハズの今の俺を、慌ても騒ぎもせず、何も言わずに慰めてくれた。
そうして、ようやく涙が止まった時に、かーちゃんはつられて流したであろう自分の涙を拭って。
「大丈夫だよ」
そう、優しく言って笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます