天都瑚乃羽も仲良くなりたい
ということで次に訪れたのはモダンな木目調デザインがおしゃれなカフェ。
大学生っぽい人がパソコンでなにやらカタカタと文字を打っていたり、若々しいフレッシュな女が数人集まってお喋りをしている。
制服姿でここへ入ると場違いなんじゃないかと体がムズムズ
一方、天都は周りをキョロキョロ
近くにファミレスみたいな気軽に入れる店が無さそうだったのを理由に仕方なく入ったこのカフェの雰囲気に圧倒され、今すぐにでも踵を返して帰りたかった。
が、汐見を前にして逃げるなど不可能。
窓からは、高い建物が近くにないために高度を下げていく夕日を拝むことができる。さらに斜陽に照らされたこの田舎とも都会とも形容しがたい町が見渡せる。
しかし眺めやっていても大して面白くはないので、ポケットからスマホを取り出してそれに目を落とす。検索エンジンを開いて文字を入力していく。
最近は言葉の本来の意味を調べることにハマっている。
例えば『確信犯』。広く使用されている意味は、悪影響が及ぶとわかっていながらも
もう今となっては誤用側が浸透し過ぎてそっちが正しい意味となりそうなのだが…………。ほう……『姑息』は卑怯とかズルいといった意味ではなく、一時しのぎという意味だったのか。
汐見と天都が隣で話している間、俺は一人スマホをいじってブラックのアイスコーヒーを美味しくいただいていた。だがふと彼女らの会話が耳に入る。
「瑚乃羽ちゃんの好きな教科はなに?」
汐見は天都と仲良くなるステップとして彼女のことを知ろうと質問していた。
けど、なんで勉強寄りの質問なんですかね。勉強以外の会話デッキが無いの?
「国語系とか……社会系……かな」
天都は自信がなさそうに答えた。
「じゃあ、進学は文系になるのかしら?」
だからなんで進路の話をするの? 二者面談なの?
「うん、一応、私立の文系目指してる」
これまた自信なさげに言うが、二年生が始まったばかりだというのに、進路について考えている点には素直に真面目だなぁと感心してしまう。汐見も同じ印象を抱いたのか、ちょっとの間、天都へ微笑みをたたえていた。
じっと見つめられた天都は恥じらうように身じろぎをし、俯いてしまった。そして火照った体を冷やすためか真っ黒のアイスコーヒーを掴みグイッと飲んだ。
「――にがっ⁉」
急いでコップを口から離して、舌をチラリと出し目をギュッと
「そりゃミルクもガムシロも入れてないからな……」
入れるのを忘れていたのだろうか……。それにしてもさっきの断末魔の叫びが今日一番の声量が出ていた気がした。
「瑚乃羽ちゃん大丈夫?」
汐見が丸まった天都の背中を優しく撫でる。んな大げさな。
やがて復帰した天都はミルクとガムシロをふんだんに使って、黄土色になったところで飲んだ。
ところで、三人全員が同じアイスコーヒーを頼んでいるのにもかかわらず、どうしてミルクガムシロップのセットが二つしかないんでしょうかね。
人数以上配られていたら店員に霊感があったのだろうとオカルト話として誰かに話せたのに、これだと俺の存在感の無さが如実に表れたことで、数多い自虐ネタがまた増えるだけだ。
そういやどちらにせよ話す相手がいなかった。もうこうなったらイマジナリーフレンドでも作ってしまおうか。
そんなことを考えながら横を見てみると、汐見が悩むように顎に手をやっていた。
「遊んで仲を深めるというのに、これだけじゃダメよね……?」
どうやら天都との進展に頭を悩ませていたらしい。だが、一体何を悩む必要があるのだろうか。
「別にいいだろ。もうお前らお互い名字呼びやめて敬語も無しになったじゃねぇか」
汐見がキョトンとした顔つきになる。
「た、確かに……」
「汐見、お前は色々と
瞬間睨まれる。が、俺は気圧されずに続ける。
「例外で何か問題でもあるのかよ。それで事済んでいるんだったら、もうそれでいいだろ。なんでもかんでも規則にのっとって、
そうだ……最初から考え込む必要なんてなかった。仲良くなるには自分を知ってもらう必要がある。だから取り繕わず、自分の思うがままにすればいい。
まぁ俺は思うがままにしているうえで友達がいないんだけど。嘘つかないで正直に生きているのにどうしてなんだろうね。
「人と関係を築けていない佐波黒くんに言われるのは癪なのだけど……。じゃあ、このまま……ここでお話していてもいいのかしら?」
「正解なんてないんだ。正解があると思い違いを起こしてしまうのは、無関係な第三者から無遠慮に答えを押し付けられるからだ」
俺が言い終える前、既に汐見はつっかえが無くなったかのようにすっきりとした表情になっていた。
「だから現代文は答えを一つに押し付けるな。人の考えを尊重しろ」
「一瞬でも佐波黒くんのことを見直した私が馬鹿だったわ……」
表情が変わって呆れ顔になる。おまけに溜息も吐いていた。
「あ、あのっ……!」
前触れなく天都が比較的大きな声を上げた。珍しい出来事に自然と俺たちの注目が向き、彼女の次の言葉に耳を傾ける。
「えと……私は、楽しかっ、た……楽しかったです!」
俺たち二人の目をしっかりと見て、天都は明瞭に自身の気持ちを発した。
「私……その、友達とどこか、出かけたこと、一度もなかったけど……今日のは、はっきりと、楽しいって言える」
「瑚乃羽ちゃん……」
感動している様子の汐見は口角を上げて穏やかに笑っていた。
しかしたったの数分ゲームを見ただけなのに楽しいと思えるとは……俺は素直に喜べない。本人には申し訳ないが、この程度で楽しいと思えるのは、過去にこれ以上の経験をしていないという証言に他ならない。
一体彼女は、今までどんなに退屈な、あるいは悲惨な学校生活を送ってきたんだ? そのことが気になって、俺は彼女たちの会話に入ることができなかった。
「麻希ちゃん。私は楽しかったから、そんなに、悩まなくて、いいよ」
「……そ、そう? 瑚乃羽ちゃんが楽しんでくれたのなら……今回のお出かけは、大成功ってことで、いいのかしら?」
「うん……! 大成功、だよ」
天都
傍から見れば奇異な部分があった今回のお出かけは、汐見と天都の関係を近づけるのに充分だったらしい。やはり正解なんてないのだろう。
だが、彼女はこれきり、俺たちと関わらなくなることを今はまだ知らない。
彼らは一度きりの青春をどう過ごすか? 利零翡翠 @hisui_hisui
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