だから汐見麻希は真面目であり、かつめんどくさい

 学校を休んでいる間のゲームはとても楽しい。それだけに留まらず読書だって、アニメ鑑賞だって、勉強だって楽しい。


 おっと、俺は別に勉強が嫌いだから学校をサボるのではない。むしろ俺は勉強大好きだ。数学九十七点を取った男だからな。英語も九十点台取ったことあるし。

 まぁどちらも平均点は高かったんだが、これら高得点は家での学習による賜物だ。誰に強いられることもなく自らの行いで取った点数だ。

 つまり、俺は基本的には勉強が好きなのだ。


 しかし、なぜ学校には積極的に行かないのか。答えは集団生活が苦手過ぎるからである。

 元来、俺は自己表現が苦手な人であった。それ故に相手に合わせる迎合な対応をするようになったのだが、自分を押し殺して周りに馴染むだなんてストレスでしかない。だったら集団から逃げればいいと考えて、中学二年生の俺は適度に学校を休み始めた。


 頭の中で独り言を語りながら家の自室で本を読んでいると、玄関からチャイムが鳴る。

 せっかく自分の世界に入り込んでいたのに、突然現実世界に引き戻されるととても腹が立つ。

 自分の時間を邪魔されることに関してひどく嫌う俺は、椅子に深く座って天井を見上げ大きく息を吐いた。するともう一度チャイムが鳴る。


 現在、家には俺一人しかいない。

 仕方がない……と思い、俺はパジャマとして使用している中学のジャージを着たまま重たい足を動かして一階に下りる。


 いや待て、不快感から衝動的に来客の対応をしそうになっていたが、冷静に考えれば居留守を決め込んでいたほうがいいのではなかろうか。そうだそうしよう寝よう。


 くるっと半回転して階段を上る。


「あっ……」


 そういえば……今日、姉貴にこんなことを言われたな。

『あ、なに? 休むの? だったら今日荷物届くはずだから受け取っといてよ。それくらいできるでしょ』

 姉貴の命令に背いた場合、これから起こるであろう厄介事がポンポン思い浮かぶ。よし行こう今すぐ行こう。


 配達員が去る前に外に出なければ! 俺は駆けて玄関まで向かい、そして荒々しく扉を開ける。


「――きゃ!?」


 そうすると可愛らしい小さな悲鳴が耳に入った。


 目の前には一人の女子高生が立っている。


 引き込まれるほど綺麗な黒色を持つ艶やかで長い髪に、クールで知的な印象を与える切れ長な目。

 すらりと細く長い脚に加え出てるところは出ていて、引っ込むところは引っ込んでいることが制服の上からでも分かるプロポーションの良さ。

 そして何よりも、制服を着崩さずかつしわが一つもない状態を保っているこのお方。


 俺は彼女の姿を見ることによって、昨日の放課後での出来事を鮮明に思い出すことができた。


 しかし当の彼女は驚いたまま固まっている。いきなり扉が開いたからなのか、俺がパジャマ姿だからなのかは不明だがこれでは話が進まない。


 ……いや、何も言わないのは用が無いからかな。そういうことにして扉を閉めようと家の中に戻る。


「ちょっ……! なんで閉めるのよ!」


 ようやく再起動した彼女はガッと両手でドアノブを掴んで無理矢理引っ張った。乱暴な女だ。


 まったく……姉貴のせいで余計な対応までしなくてはならなくなった。今日はついてないぜ。俺は大息を吐く。


「こ、こんばんは。体調はもう大丈夫なの?」


 彼女は居ずまいを整えてから心配そうに問う。

 俺は冬に風邪をひいた以来至って健康なのだが、そういえば今日は体調不良を理由に休んでいた。


「……それよりお前、なんで俺の家知ってんだよ。ストーカーなの?」

「ばっ――! ちっがうわよ! 今日あなたが休んだからプリント届けにきたの。住所は担任から教えてもらったの」

「はぁ……?」


 たかだか一日休んだくらいで何をしているんだコイツは。


「別に届けなくてもいいのに」

「成績はね、一日の遅れが後々大きな差に繋がるのよ。特に二年生が始まったばかりの今は少しの油断も禁物なの」

「へえ……」


 半ば引きながら納得はするが、別に成績には興味ないので差とか気にしていない。


 ただ優等生らしいお言葉だ。コイツあれだな、先生からは行動力のある積極的な教え子として好かれて、生徒からはいちいち細かくてしつこくてウザいって思われて嫌われるタイプだな。


 この行動が点数稼ぎなのかそれとも本心なのかは分かりかねるが、どちらにせよ一生徒としてめんどくさいのは変わらない。


 ふと、俺に恐ろしい考えが浮かんだ。


「もしかしてお前、休んだ人全員にこんなことしてんのか?」

「そうだけど?」

「嘘だろ……」


 さも当たり前のように、俺の問いかけがおかしいかのように、首を傾げて迷いもなく彼女は答えた。


 俺はわずかながら畏怖を覚えた。どうか現実ではなくIFであってくれとも思った。


 休んだクラスメイトの家を放課後に回るというのか……? 高校は電車通学する人が大勢いるだろうからかなりの労力と時間、そしてお金がかかる。冬場とか風邪流行ったらと考えるとますます理解ができない。


 俺が頭を抱えている間に、彼女は鞄から透明なクリアファイルを取り出した。次にそのファイルから数枚の紙が出てくる。


「はい。これが化学のプリント、でこれが生物の。そしてこの数学のプリントは次の授業に提出することと、英語の小テストが来週にあること。わかった?」

「あぁうん」


 どうせやらないんだけど……と心の奥底で呟きながら紙を受け取る。


「化学と生物のプリントはノートに貼っておくように。あと休んだ分のノートは友達にでも見せてもらって早めに書き写しておきなさい」


 そんな面倒なことはしないし、そもそも俺に友達はいない。つーか写したところでノート見返さないから、今の彼女の行動のように徒労に終わる。


 で、現在その彼女はというと俺の後方、すなわち自宅を覗いている。


「……見たところ親御さんがいない様子だけれど、ちゃんとご飯は食べているの?」

「失敬な。こう見えても俺は料理男子だぞ」


 親は共働きで姉貴は料理下手。必然と俺は料理をすることが多くなって、技術が上達していった。


「そうなの……杞憂だったみたいね」

「あぁ、お湯を入れさえすればラーメンが出来上がるとか、現代の料理は簡単すぎる」

「それってカップ麺でしょ! カップ麺は料理の内に入らないわ。あなたは調理実習で何を学んできたのよ」

「調理実習とかやったことないから何も学んでない」


 彼女は呆然と俺を見て立ち尽くした。


「まさか……ここまで不真面目だとは……」


 いやいや、調理実習は家でできるから学校でやる必要ないだろ。というか、なんで家庭料理のプロフェッショナルである母親を抜きにして料理を学ぼうとするんだよ。


 冷蔵庫に残された食材をいかにして組み合わせ美味しい料理を作るかを毎日三回考える能力だったり、かつかつの資金でより質の高い食材を調達する洞察力だったりと、学校では習わないことが母親を見るだけで分かる。はぁ、ほんと学校の教育は非効率だなぁ。


「しっかりと栄養のあるものを食べなさい。でないと脳の働きや身体機能が鈍くなってしまうわ」

「わかった、わかったから」


 言外に帰れと伝えるも、彼女は未だ俺の前に立つ。やはりコイツとは関わらないほうがいいな。めんどくさい。


「じゃあ、体調は本当に大丈夫ね?」

「大丈夫だ」

「明日は学校来られる?」

「行く。だからお前は早く帰れ」


 伝わらないからもう直接言ってしまった。すると彼女は不機嫌そうに頬を膨らませ目を細める。


「さっきから思ってたけど……お前って乱暴に呼ぶのやめてくれる? せめて名前で呼んで」

「だって俺、お前の名前興味ないし」

「興味ないってどういうことよ! 私たち同じクラスなのよ⁉ 仲間なのよ⁉」

「そんなこと言われても……人の名前を使う機会ないから覚えない、てか覚えられない」


 大きく溜息を吐いた彼女はその後、俺を睨みつけた。


「私は汐見麻希しおみまき! クラスメイトの名前くらい覚えなさい、佐波黒陽介さわぐろようすけくん!」


 そして威勢の良い声で言い放ったのだった。


「じゃあさようなら。明日は普段より十分、いや五分早く登校しなさい」


 強引に荒々しく言い置いたくせに、とても丁寧な所作でお辞儀した汐見。

 俺は彼女が帰る姿を見送ることはせず、すぐ扉を閉めた。


 鍵をかけて扉に寄りかかると深い溜息が漏れ出てしまう。渡されたプリントに目を落とし眉根を寄せる。


「休むと……毎回こうなるのか……」


 そう呟き、不思議と重たい足で階段を上り部屋へ入ったのだった。

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