第47話

 中学1年の入学式。俺はまだ小学生の容姿だった。渚も同様に2人とも子どもだった。


「この頃はまだ拓海くんのこと知らなかったな」

「まあ俺と渚が関わるようになったのって中二だしな」

「ふふ、中1の拓海くん可愛い。やんちゃな男の子って感じで」

「それを言うなら渚だって可愛らしいじゃないか。お互い様だろ」


 俺たちはそれぞれの写真を指差して笑い合う。

 続いて合唱コンクール。俺は歌った記憶はないのだが、真剣な眼差しで写真に納まっている。思い出してきた。俺は音痴だからクラスに迷惑をかけないように口パクだけ真剣にやっていたのだ。


「懐かしいなあ。私、パートリーダー任されたんだ」

「そりゃ渚ぐらい歌上手かったら当然だろ」

「えへへ、お褒め頂いて光栄です」


 1年の時は別々のクラスだったからそれほど接点もなかった。だが2年に上がって初めて同じクラスになって、そこで俺は渚に叱られたのだ。忘れもしない大切な思い出。


「この頃の拓海くんは喧嘩ばっかりだったからよく覚えてるよ。同じクラスにやばい人がいるなって」

「そう言われると何も言い返せないけど、俺は渚っていう女友達っていうか好きな人ができて、学校生活が楽しくなったな。この時期は忘れられないよ」

「そうそう、この中2のキャンプで、私、拓海くんと一緒にキャンプファイヤーで踊ったよね。あれすっごく嬉しかったけど、すっごく緊張したんだからね」

「俺もだよ。初めて渚に触れたんだ。緊張で心臓が爆発するかと思ったよ」


 俺の通っていた中学には2年の頃に山に登り、キャンプをするというイベントがあった。キャンプ用具を持って山を登るのはなかなかハードだったが、頂上から見た景色と達成感を今も覚えている。


「それからみんなでごはんを作る時、同じ班になって一緒に協力してカレーを作ったんだよね」

「そうだったな。俺、料理なんてしねえからすげえ苦戦したの覚えてるわ」

「あはは、私もだよ」


 渚が苦笑する。そういえば、渚も苦戦していたっけか。

 それからしばらく、卒業アルバムを捲っていく。懐かしい思い出に浸りながら、俺たちは中学時代を語り合う。

 そして、アルバムは最後の卒業式のページを迎えた。


「色々あったねえ。たった3年間でこんなに成長したんだ、私たち」

「そうだな。この高校3年間でもっと成長してるんだろうな」


 体の成長はもちろんのこと、恋もした。この身勝手な感情をどう制御すればいいのか、俺にはまだその術が身に着いていない。だが、人として超えちゃいけないラインがあることぐらいはわかってるつもりだ。

 ちょうどアルバムを見終えたタイミングで階下から声が響く。


「おーい、ご飯できたよ。下りといでー」

「じゃあ、行こっか」


 渚に案内され、俺は1階に下り、リビングに通される。テーブルに並べられた豪勢な料理が俺たちを出迎える。


「お母さん、今日はまた随分と豪華だね」

「そりゃ、娘が彼氏を連れてきたんだ。お母さん、張り切っちゃった」


 舌をペロっと出す渚の母親は、自慢げに鼻を鳴らす。


「すみません、俺が来たばっかりに気を遣わせて」

「いいのよ。その代わり、あんたらの馴れ初めを聞かせてちょうだいね」


 満面の笑みでそう言った渚の母親は、俺たちに座るように促した。


「いただきます」


 手を合わせて、目の前の豚テキを頂く。


「美味い」

「だろー。味付けにはこだわっているんだ。それで、あんたらいつから付き合ってるの」

「まだ付き合って1ヵ月も立ってないです」

「ほう、それじゃ付き合い立てかい。初々しいね」

「ちょっともうお母さん、あんまりからかわないでよ」


 渚が慌てて渚の母親の口を塞ぐ。だが、渚の母親はおかまいなしだ。ひょろりとそれを躱すと、マシンガンのように質問責めを繰り広げる。


「どっちから告白したの?」

「お互いのこといつから好きだったの?」

「渚のどんなところが気に入ったの?」


 などなど。次々と質問が雨のように降ってくる。俺はそれを手で制止ながら、ひとつひとつ質問に答えていく。


「告白したのは、一応渚からです。お互いのことは中学の頃から好きだったみたいです。渚のこんな俺とでも普通に接してくれたところに当時の俺は救われました。器の広いところも尊敬しています」


 俺がそう質問に答えていると、隣で渚が顔を真っ赤にして俯いていた。


「娘の反応を見る限り、嘘は言ってないみたいだね」

「はい。全て本当のことです」

「そうか。中学の時にはあんたのこと好きだったんだね。へえ~。家では好きな人なんていないとか言ってたのにね」

「知らない」


 渚が明後日の方向を向きながら呟く。


「そうかいそうかい。お母さん、これでも心配してたんだよ。高校生にもなって男っ気の1つもないもんだから、この子はモテないのかなって」

「余計なお世話」

「そんなことないですよ。渚はモテてました。付き合わなかっただけで」

「ちょっと拓海くん、余計なこと言わないでよ」

「ほう。そうなのか。要するに拓海くん一筋だったってわけだね」


 そう言われると恥ずかしい。渚が余計な事と言ったのも頷ける。


「そうか、なら安心だ。ちゃんと娘も女子高生らしく恋をして、大人になっていたということがわかって、お母さんほっとしたよ」


 渚の母親は心底安心したというように胸を撫で下ろす。親は子どもの恋愛事情が気になるものなのだろうか。そう思うと、親に嘘を吐いていることに罪悪感が芽生える。俺が氷岬を連れてきた時、親父は内心喜んでいたのだろうか。

 次はちゃんと本物の恋人、渚を紹介できるように、これから頑張る。


「それであんたらいくところまでいったのかい?」

「ちょっとお母さん!」


 さすがに度が過ぎた渚の母親の発言に渚が食って掛かる。


「あら、大事なことよ。親として子どもの性事情は把握しておかないと。子どもができましたなんてなったら大変だからね」


 それもそうだが。だが、正直に答える子どもはこの世にいないだろう。


「……まだ何もしてないわよ。1ヵ月でそんなことするわけないでしょ」


 渚が嘘を吐いた。今日キスをしたばかりだ。


「そうかい。つまんないわ」


 そう言った渚の母親に俺は苦笑するほかなかった。

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