第41話
期末テストが終わり、高校最後の夏休みを目前に控えた俺たちは、教室で夏休みの計画を立てていた。
「受験勉強ばっかりってのも味気ないだろ。当然、遊ぶよな」
駿が俺と肩を組みながらそう言う。
「ええ、当然遊ぶわよね、拓海くん」
氷岬も俺を横目で見て微笑んでくる。氷岬は就職希望だから余裕があるのだ。俺みたいな成績が怪しい人間と違って。
俺はこれでも一応大学に行くつもりだ。そんな高望みはするつもりはないが、大学は出ておきたい。というのは建前で、もう少し遊んでいたいというのが本音だ。
だが、大学に行くには当然勉強しないといけないわけで。この夏も、勉強に充てるつもりだったのだが。
「俺は勉強があるから忙しい」
「あら、私たちと遊びに行けば、私が勉強を見てあげるわよ」
「……マジ?」
というわけであっさり陥落してしまったのである。実際、氷岬に勉強を見てもらえるのは幸運だ。この間のテストも普段より高い点数を取ることができたし、氷岬は教えるのが上手い。それなら多少遊んでも問題はないだろう。俺だって遊びたくないわけじゃない。
「やっぱり夏らしいことしたいよな。プールとか海とか、夏祭りとか」
駿が指を追って夏にしたいことを上げていく。
「全部は流石にいけないから厳選しないとダメだね」
渚がそう呟く。
「じゃあ一応多数決取ってみる? 海とプールはジャンルが被ってるし、どっちかにしようか。じゃあ、プールがいい人」
渚が手を挙げる。他には誰も手を挙げない。しまった。俺も渚の彼氏として挙げるべきだったか。そもそも四人で多数決をしても半々になったらどうするつもりなのか。
「じゃあ海で決まりだな。汐見さんもそれでいい」
「うん、いいよ」
渚はあっさりと頷く。そうか、渚はプールに行きたかったのか。
「夏祭りは行くっしょ。花火も上がるし、夏の風物詩だし」
「そうね。夏祭りは行きましょう。花火久しく見ていないし」
氷岬は花火を見たいようだ。特に反対する理由もないな。渚も氷岬と同じ意見なのか目を輝かせている。
「花火、いいよね。私花火大好きなんだ。だから絶対行こう、夏祭り」
「じゃあ決まりな。あとはそうだな。俺も氷岬さんに勉強を教えてもらいたいんだけど、いいかな」
駿が両手をこすり合わせて懇願する。
「かまわないけど。拓海くんと一緒になら見てあげるわ」
「ありがとう。恩に着るよ。俺も一応進学希望だからさ。さすがに夏休み全部遊ぶわけにはいかないから」
「だったら、私もその勉強会に参加する。私も進学希望だから」
「はいはい。全員まとめていらっしゃい」
こうして俺たち3人は氷岬の厄介になることになった。1人で勉強するより大人数で勉強した方がサボれないし、捗るだろう。
夏休みの計画をある程度立て終えた俺たち四人は帰路に就く。
「ごめんね。就職希望の氷岬さんに教えてもらうことになっちゃって」
渚が頭を下げる。
「いいのよ。私もみんなの役に立ちたいし、少しでもみんなと一緒にいる時間を共有したいの。私がみんなと一緒にいられるのもあと少しだから」
進学希望と就職希望。それぞれ進路は異なる。氷岬はこのグループから一人離れることになる。
「氷岬さんも進学できたらよかったのになあ」
駿が口惜しいというように言う。実際氷岬の本心はどうなのかはわからない。ただ、家庭の事情で氷岬は進学を選択できない。
「奨学金を借りれば、進学できるんじゃない」
渚の誰もが思いつく提案に、氷岬は首を横に振った。
「奨学金も借金でしょ。私、借金はもうごめんなの。だから就職して、自立するわ」
氷岬からすれば、親の借金が原因で捨てられることになったのだ。当然の感情だろう。
「そっかー。それもそうだね。ごめんね、無神経なこと言った」
「いいのよ。誰もが普通に思うことだもの」
少し場の空気が重くなったが、氷岬が微笑んだことで少し弛緩する。氷岬自身、自分の話で場の空気が重くなることを望んではいないだろうし。俺たちもいつまでも暗くなっている場合じゃないな。楽しい話をしよう。
俺がそう思って、明るい話をしようとすると、駿が先に口を開いた。
「まあ、だったらさ、この夏いっぱい楽しい思いで作って。そんで卒業してからもこの四人で時々遊びに行けばいいんじゃね」
駿の能天気だが、氷岬からすれば嬉しい言葉に、俺は先を越されたなと苦笑する。やっぱり駿は氷岬のことをちゃんと考えている。好きなのだ。それがよくわかった。
「そうね。卒業してからもこの関係が続くと嬉しいわ」
「続くさ。続けて見せるよ」
駿の頼もしい言葉に氷岬が微笑む。やっぱり俺は醜い男だ。そんな二人を見ているだけで、醜い感情が湧いてくる。俺はその醜い感情を必死で押し殺しながら歩く。
「それじゃ、私はこっちだから」
渚が手を振る。俺たちも手を振り返し、渚と分かれる。
駿と氷岬が楽しそうに話している。俺はそれを二人の後ろで見ながら、ついていく。傍から見れば、二人はカップルに見えるかもしれない。俺がそう思った時、目の前に見知った男性が現れた。
「これはどういうことだ」
氷岬の父親だった。
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