第14話

 俺の出る種目は借り物競争に二人三脚、リレー、あとは全体競技の綱引きか。二人三脚のペアはなんと氷岬だった。恋人同士だから息も会うだろうということで抜擢されたようだ。2人とも休んでいたので文句は言えまい。

 リレーはアンカーというわけではないが、体育祭の見せ場だから出場できるだけありがたい。個人種目が借り物競争とパッとしないが。

 活躍して汐見にいい所見せるぞ。

 1週間後に迫った体育祭に備えて、昼休みや放課後に練習の時間が設けられた。俺は二人三脚の練習をする為に、氷岬を誘う。


「おい、二人三脚の練習をしたいんだが、放課後空いているか」

「勿論、空いているわよ。一緒に練習しましょ」


 氷岬はあっさりと了承し、俺は胸を撫で下ろす。断られる心配がないとわかっていても女子を誘うのは勇気がいるものだ。

 これが汐見なら一緒に練習しようといって誘い出す口実になったのになあ。少し残念に思いながらも、相手が氷岬なら家で一緒にいる分気は楽だ。

 放課後、俺と氷岬は体操服に着替えてグラウンドに集合していた。ショートパンツにくっきりと尻のラインが見えて、俺は直視するのを憚られて視線を逸らす。女子の体操服って妙なエロスが感じられて少し苦手だ。

 というか、今から俺は二人三脚の練習をするんだよな。ということは体と体をぴったりとくっつける必要があるということで……ベッドで一緒に寝たとはいえ緊張するな。


「それじゃまずどれだけ走れるか確かめてみるか」

「私、運動は苦手だからあんまり期待しないでね」


 氷岬はそう言うと、足と足とを紐で結ぶ。念入りに結んでいるようで結構時間が掛かっている。


「よし、それじゃ肩を組んで」


 俺は氷岬と肩を組む。同じ人種とは思えない柔らかな感触に心が揺さぶられるが、表には出さずに構える。


「せーのでいくぞ」

「うん、わかった」

「せーのっ」


 俺の掛け声でスタートした二人三脚の練習は第1歩目で躓いた。俺が左足、氷岬も左足を踏み出したのだから当然だ。


「うわああああああああああああああああっ」

「きゃああああああああああああああああっ」


 いきなり転倒した俺たちは互いに絡み合い、縺れ合う。体勢を立て直そうと手を動かすと、スライムのような感触の物体を掴んだ。


「ひゃっ……」


 氷岬の小さな悲鳴。俺は掴んだ物体が何かわからず2、3度掴んで離してを繰り返す。それが良くなかった。俺の視界は氷岬の体で塞がっていたのだが、きっと氷岬の顔は羞恥に染まっていたことだろう。なぜなら俺が掴んでいたのは、男子が触れたいと願ってやまない存在、おっぱいだったからだ。

 俺がそのことに気付いたのはすぐ後のことだが、氷岬は身持ちを固くして押し黙ってしまった。


「大丈夫か氷岬」

「え、ええ。怪我をしていないかという意味なら大丈夫なのだけど、女子としての尊厳は大丈夫じゃないわね」


 その一言で俺が掴んでいる物の正体を察した俺は、慌てて手を離す。掴んでいた感触は手にはっきりと残っており、俺の脳内にあらぬ妄想を生み出した。


「とりあえず、今どくわね」


 氷岬は体勢を立て直しながら、ゆっくりと俺の上から動く。女子の体とこんなにも接触しなくちゃならないとは、恐るべし二人三脚。

 ようやく立ち上がった俺たちは砂埃を払いながら、最初の失敗を振り返る。


「最初に出す足は決めるべきだったな」

「そうね。紐を結んである方の足から出すことにしましょう」

「そうだな。気を取り直してもう1回やるか」


 再び紐を結び直し、氷岬と肩を組む。今度は最初に踏み出す足も決めた。これで完璧なはずだ。


「せーのっ」


 2度目の挑戦は最初の第1歩目は上手くいった。2歩目、3歩目と順調に踏み出す。


「いち、に、いち、に」


 だが、次第に互いの歩調が乱れついには転倒してしまった。10メートルも進んでいない。


「二人三脚って難しいな」

「そうね。でも、悪くないわ。こうして拓海くんに襲われているのだから」


 2度目の転倒で俺は氷岬に覆いかぶさっていた。なんとか氷岬を潰さずに済んだが、女子に飢えている男子には人気の競技なんじゃないだろうか。練習と言ってこんなにも女子と接触する機会が多いのだから。これが漫画なら唇と唇が触れ合うアクシデントなんてのも起こるかもしれない。


「馬鹿言ってんじゃねえよ。どうする。今のってなんでうまくいかなかったんだ」

「多分、私が遅れているのよ。言ったでしょ、運動は苦手だって」


 なるほど。俺の歩調が速すぎるのが問題なのか。だったら氷岬に合わせるべきだな。速い方に合わせるのは至難の業だ。

 俺は立ち上がると氷岬に手を差し出す。俺の手を取った氷岬が立ち上がると、少し肩を落としていた。


「ごめんなさい。私が運動音痴なばっかりに」


 どうやらうまくいかないことを気にしているらしい。氷岬も落ち込むことなんてあるんだな。俺は氷岬の銀髪の頭に手を置くと、小さく息を吐いた。


「気にすんなよ。誰にだって苦手なことってのはあるもんだ。まずは一緒にゴールできるように頑張ろうぜ」


 そう言うと、氷岬は俺の手に触れて頬を染めた。


「うん。そうね。ゴールできなきゃ始まらないものね」


 微笑みを浮かべた氷岬は顔を上げると、スタートラインに向かおうとする。紐で足が結ばれているので、俺も一緒に付いていく。


「今度はゆっくり行ってみよう。まずはゴールだ」

「うん、わかったわ」


 俺の指示に頷く氷岬。少し前傾姿勢になり肩を組んだ俺たちは深呼吸を1つする。


「せーのっ」


 そして、俺の合図でスタートを切る。上手くスタートは切れた。あとはペースを乱さず、歩調を合わせることだけだ。

 俺は氷岬の様子を見る。想像以上に歩幅が小さい。だが、合わせるのは俺だ。今はゴールすることが目的なんだからな。


「いち、に、いち、に」


 掛け声に合わせて、俺たちはゴールに向かって歩みを進める。

 今度は途中で転倒したりしない。ゴールに向かって一直線とはいかないが、確実に前進していく。そして、ついにゴールラインを切った。


「やったな、氷岬」

「ええ、拓海くんが私に合わせてくれたおかげよ」


 俺たちは互いにハイタッチを交わし合う。たった20メートルの距離だが凄い達成感だ。


「まだ本番までは一週間ある。練習して少しでも本番で失敗しないように頑張ろう」

「スピードアップって言わないのね」

「そりゃ勿論スピードアップも目標にしてるけど、第一目標は氷岬と本番でゴールすることだから」

「そうね。練習して本番で失敗なんてできないものね。私、頑張らなくちゃ」


 氷岬は頬を叩いて気合を入れている。俺はできるだけ氷岬のペースに合わせることを心掛けよう。俺が少しでも欲を出すと、氷岬は付いてこれない可能性がある。それは今後の練習で合わせていけばいいことだが、運動が苦手と豪語する氷岬のことだ。あまり無理をさせることはできまい。

 なら、二人三脚は多少遅くとも確実に氷岬と一緒にゴールすることを目標にするべきだ。体育祭の活躍ポイントは他にもあることだし、がっつく必要はないだろう。


「拓海くん、1週間よろしくね」

「任せとけ。さっきはああいったがやる以上、勿論少しでも上を目指すからな。1週間みっちり練習するぞ」

「わかってるわ。私もやる以上、拓海くんの足手まといにはなりたくないから」


 氷岬との肉体的接触にも慣れておく必要がある。練習時間は多めに確保したほうがいいだろうな。

 こうして俺の体育祭に向けた1週間が始まった。高校最後の体育祭。残り少なくなってきた学校イベント、少しでも満喫するとしよう。

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