テレ告別式

あんな

テレ告別式

2022年7月◯日、コロナ第七波。


都内の有料老人ホームで私は夜勤をしていた。


その日は、祖母の葬式が軽井沢近郊の田舎町で開かれていた。

なぜ葬式に出席していないのか?

スタッフに陽性者が出て、無症状ながら出勤停止になっていた。系列ホームでクラスターが出てベテランスタッフがヘルプに出ていた。ホームは人手不足だった。介護現場は崩壊に向かっていた。

試用期間抜けたばかりの新卒一年目の私が急に休みを取れる状況では無かったので、職場では祖母の急逝は一言も言い出さない。

「同僚にコロナが出た」と言ったら、田舎の親類は私が帰らないことを簡単に許してくれた。


正直、祖母の葬式にも帰れないなんて仕事のモチベーションが駄々下がりした。転職サイトに「介護以外の職種希望」で登録してみたが、オファーは来ない。


仕事は忙しく、祖母の葬式のことはすぐに忘れてしまったが、どんよりとした重い気分だけが腹の底に溜まっていた。どん底にあるメンタルをどうにか押し上げて利用者と接していた。


一人称が「おばさん」で自分の子どもたちのことを気にする発言が多い、精神が成年時代に戻っている認知症の利用者がいる。

彼女のEケア(寝る前の介助)に入ると、なぜかその日は一人称が「おばあちゃん」だった。「なにか困ったことが有ったらナースコールで教えてくださいね。また来ます。」と言って私が去ろうとすると、「また来てくれるの?まぁうれしい。」「帰るのかい?気をつけるんだよ。」などと言っていた。私のことを孫と勘違いしたのかと思って適当に話を合わせておいた。


彼女の部屋を出て次の利用者の元へ向かう際に違和感を覚えた。声は本人のものなのだが、喋り方や文句が五時間前に火葬されたはずの祖母が私に対する時のものそっくりだった。佐久訛りまで再現されていた。

不思議だ、おばあちゃんが私の仕事を見に来たのか?次の見回りでこれを話してみようなんて考えた。

ところが、いつもは一晩中起きていて見回りの度に手引き歩行でトイレへご案内するはずのその利用者が、その晩は起こすのを戸惑うくらい熟睡だった。



朝、起床時薬を持って行くとベッドは尿の海だった。やっぱ夜中のトイレ誘導は重要だわ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

テレ告別式 あんな @a9n9n9e

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ