夏に鳴くなきがら

ポンコツ・サイシン

夏に鳴くなきがら 1

夏に鳴くなきがら



「おせーよ、早くしろ!」

 ほうれい線が印象的な中年女性の怒鳴り声が、プラスティックの箱が並び置かれた棚のある部屋に響き渡った。

 賢人は職場の決まりどおり軍手をはめた手で、並んだ箱のそばにある数字の点いたボタンを、若干震えながら押した。

 数字が消える。

 三列ほどの棚は二段で、賢人の胸くらいの高さまである。棚全体に販売店の分だけ箱が置かれ、それぞれに入れるべき品数が表示されたスイッチがある。箱の前面には出荷先の店舗名が表示されたシールが貼り付けられている。

 一箱目を終え、その上にもう一つ箱を乗せた。一段目の箱のそばにある付箋のように貼られた同じ店舗名のシールを一枚取り、二箱目に付ける。

 棚の前方にはびっしりと積まれたパンの箱があり、そこから一品取り出したほうれい線の中年女性は、棚の先頭に位置するパソコンのバーコードスキャンにかざした。

 短い電子音ののち、今押し終えたスイッチの横に新たな数字が浮かんだ。

 台車に乗せた、身の丈以上もあるパンの入った箱を三人で分けて箱へと詰めていく。

 隣の棚でも同じ作業が行われていた。

 賢人は、軍手で湿った手の不快感を無視して、まだ先輩たちのように四つ、五つ挟んだりはできない要領の悪さで包装袋に入ったパンを箱に入れていった。

 賢人の両側には同時期に入ったばかりの二人の同僚がおり、似たような動きをしている。

 本当に自分と同じ時間を過ごしてきたのかと思うくらい、テキパキと身体を動かし、賢人の箱にあるパンが残り半分くらいのときには、すでに彼らは作業を終えていた。

 二人は黙々と賢人の箱内にあったパンを、速やかに箱へと並べていった。

「おせーんだよ、デブ!」

 ほうれい線の目立つ女性が、ところ構わず鬼の咆哮のように、声を張り上げた。

「早くしねえとトラックが来ちまうんだよ!」

 その大声に、賢人は自分が千切りされていく心地になる。包丁で身体の芯を徐々に刻まれていくような。

 ようやく最後の商品を終えた途端、ほうれい線の女は、何も載せていない台車を賢人目掛けて蹴り飛ばした。賢人の足元ぎりぎりで台車は停まった。

「そんなんであたしらと給料同じだって? ふざけんじゃねえよ! とっとと辞めちまえ!」

 ゴクリ、と賢人は唾を飲み込んだ。

 部屋の奥では、すでにトラックがバックしていた。外の景色が少し見えた。夏の日照りでアスファルトが揺れている。

 冷たい飲み物の代わりに飲まざるを得なかったのは、自分の唾液だった。泥のように濁って汚い液体を飲んで、額の汗を手の甲で拭った。

 仕事は夜八時までで、今は三時を過ぎたあたりだ。まるで最後の捨てゼリフのようにほうれい線の女はこう吐き捨てた。

「ったく使えねえよ!」


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