『コマンド』たちは逃げ出した!

今野 春

勇者ああああは困っている

 俺の名前はああああ。この剣と魔法の世界の勇者兼主人公だ。しかし、今この世界はある意味で滅亡の危機に瀕している。


 プレイヤーが戻ってこないのだ。


 最終プレイからもう六ヶ月。顔も知らない、俺に変な名前をつけたプレイヤーはこのゲームに一切触れてくれない。


 そしてもうひとつの危機が……。


「どこだああああ! 俺のコマンドおおおお!」


 俺のコマンドがほぼ全て逃げ出したのだ。


 いや、違う。正確に言えば「逃がされた」のだ。コマンド「おまかせ」によって俺のコマンドたちはバラバラにされ、今俺の手元に残っているコマンドは、移動(十字キー)、決定、それから逃げる。この三つだけ。


 このままではまずい。非常にまずい。プレイヤーが万が一戻ってきた時にどんな顔をして出迎えればいいんだ!


 というわけで、俺は今日も今日とて広大なフィールドを走り回っている。


 と、敵とのエンカウントカットが入った。


「うげっ、レベル高……」


 俺よりも十レベル高い魔物だ。俺は急いで逃げるコマンドを連打する。


「頼む頼む頼む……」


 俺にはアイテムコマンドもメニューコマンドも魔法コマンドもない。だからダメージを受けると回復できなくて危険なのだ。あの教会に戻されるのはまずい。


 が、そんな俺の焦りも知らずに声が聞こえてくる。


『え〜? あー様逃げちゃうんですか〜?(笑)』

「ニゲル! お願いだからちゃんと働け! あとその呼び方ほんとやめて!」

『あ〜、いいんですかそんなこと私に言っても〜? 私以外頼るコマンドいないくせに〜(笑)』


 このクソコマンド……!


 しかし頼れるのがこいつしかいないのは事実。俺はコメカミに赤いマークを浮かべながらも反論ができない。


 そうこうしているうちに逃げるのに失敗した。


『あーあ。ほら〜』

「……」


 耐えろ、耐えるんだ俺。俺は人型の3Dモデルなんだから……。


 ダメージを受けつつも二回目で逃げ切ることが出来た。毎度毎度ヒヤヒヤする。


 にしてもこのレベル差にしてはダメージを受けすぎじゃないか? まるで全裸縛りしてるみたいだ。


 そして再び進み始める。シーンが切り替わって、草原地帯から洞窟の中に。


「おい、こっちに本当にいるんだろうな、コマンドのひとつが」

『はい。それはしっかりと保証しますよ? 私も一人で勇者様と話すの飽きてきましたし〜(笑)』


 いちいち話終わる度に笑うのを止めてほしいと切実に思う。なぜこいつだけ手元に残ってしまったのか。


 しかし俺自身もこの洞窟にコマンドのひとつがあることを薄々感じていた。「逃げる」を連打しながら辛くも最奥部にたどり着く。


「よしっ! 着いたぞ!」


 目の前には荘厳な銀の扉がそびえ、ここがダンジョンの終着点であることをアピールしている。


 俺は扉に近づく。ここまでのプレイのおかげで銀の鍵までは入手している。だから近づいてアイテムを選択すれば……。


 ……アイテムを、選択?


「うぐあああ!」

『わっ?! ど、どうしたんですか急に……』

「メニューコマンドが……ない……っ!」


 そうだった……このゲーム、鍵付きの扉を開くためにはメニューを開かなければならないという現代にあるまじきシステムをしているんだった……。


 扉の前でうずくまって深々とため息を吐く。どんどんとオマカセへの怒りが高まっていく。


 しかし、いつまでもそうしているわけにはいかない。


「はぁ……戻るか……」

『ど、どんまいですよ! また次のコがすぐに見つかりますって!』

「だといいなぁ……」




 ダンジョンを上から下まで徒歩で往復した結果、体力が心もとなくなったので近場の町へと向かう。“決定”と“十字キー”のおかげで宿には泊まれるのが救いだ。ただ、それに必要な金も有限。どうにかして戦闘系のコマンドを見つけることができればいいが。


 プログラムはゲーム内時間を夜に変更し、魔物が少しだけ強くなる。町の直前で逃げるのにミスったニゲルへの怒りを我慢していると町のロードが入った。その瞬間にビビッと感じる。


「コマンドがいる……のか? これは」

『ええ! 私もばっちり感じます! 早く探しましょう! 私ばっかり逃げるの失敗して怒られるのは嫌なので!』


 どこまでも自分第一なコマンドだ。お前じゃなかったら怒んねぇよ。


 ひとまず宿に向かう。コマンドがどんな風貌をしているのか、どんな風に表示されるのかはよくわからないが、前にすればすぐにわかるだろう。


 宿のロードが入って、パッと視界が明るくなった。と、宿の中に見慣れないNPCが。


 そのNPCは背の小さい幼い魔法使いの姿をしていた。身の丈に合わない大きなローブと青い長髪を隠すとんがった帽子が可愛らしい。


「ん? ニゲル。あんな魔法使いNPC見たことあるか?」

『いやぁ、ないですよ。サブクエストの子じゃないですか?』

「にしては初めてみるモデルだが……」


 ニゲルとヒソヒソ言葉を交わしていると、その魔法使いはやけにリアルなため息を発した。


「はあぁ〜……」

「……おい、やけにNPCっぽくないため息だぞ」

『ですね。……ひょっとすると、そうかもしれません』


 俺は半分警戒しながら魔法使いへ近づく。これがもしサブクエストで、話しかけたら強制的に先頭をさせられる、そしてさらに逃げられないみたいな話だと非常に困る。


「あのー……こんにちは」


 おずおずと声を掛けると、魔法使いの少女はばっと振り向いた。そして顔に喜びの色を強くにじませて言う。


「あー様〜〜〜!!!」


 少女は俺に抱きついてくる。流した涙を俺の服に染み込ませながら言う。


「私、私、もう会えないかもって思ってました……。でも、よかったぁ。ちゃんと会えた……。もう、ここまで来るのが本当に本当に大変で……」

「お、おう。俺もお前がここまで来てくれるとは思ってなかった。本当にお前が必要だったんだよ、マホウ。それとその呼び方やめて」


 そう言うとマホウは顔を上げて、その涙に濡れた幼い顔でにっと笑った。可愛い。俺のここまでの怒りの全てが浄化される。


 この少女こそが俺が喉から手が出るほど欲していた戦闘コマンド、「魔法」だ。俺は回復魔法も覚えてあるから、これで道中の全滅の不安が無くなったのはとても大きい。


「にしてもそうか。逃げ出したコマンドはこうやって人の姿になるのか」

「ええ……そうみたいです。人じゃないコもいましたけれど」


 涙を手の甲で拭いながら言う。これは良いことを知れた。てっきりみんな宝箱とかに入ってるものかと思っていた。


 マホウも落ち着いたようで、一歩後ろに下がって右手を差し出した。


「それじゃあ、改めてよろしくお願いします!」

「ああ、よろしく」


 マホウの小さな手を取ると、目の前に文章が浮かび上がる。


《マホウ が 仲間になった!》


『……私完全に蚊帳の外ですね』


 ―― ―― ―― ―― ――


 それから少しして、アイテムコマンド(こいつは宝箱に道具として入っていた)を見つけた俺たちは、あの洞窟へと再びやって来た。


「いやぁ、マホウはいい子だな! お前のおかげで前はあんなに大変だったのに、こんなに簡単に降りてこれたぞ!」

「えへへ……。ありがとうございます」


 マホウが照れくさそうに体を揺らす。可愛い。本当に最初に見つけられてよかった……。


 と、頭の中に不服そうに低い声を発する存在がひとつ。


『……勇者様、キモイです』

「何がだよ。褒めただけだろ」

『むぅ……。逃げたい気分です……』

「俺にはいらなくても、お前はプレイヤーに必要だろ。ほら、行くぞ」


 俺はアイテムメニューを開いて銀の鍵を選択すると、鍵が外れる音とともに独りでに扉が動き出した。


「銀の扉ってことは、少なくとも現状の俺たちにとっては強敵ってことだ。気を引き締めて行くぞ!」

「はい!」


 扉が開ききって、俺たちはゆっくりとその中に入る。


「随分と遅かったじゃねぇのかぁ?! おい!」


 その瞬間、荒々しい言葉が俺たちに向けて投げかけられた。明らかにプログラミング外の発言はコマンドのもの。


 この部屋の奥に鎮座するその男は、筋骨たくましい体の至るところに切り傷と火傷の痕を刻んだイカつい風貌をしていた。逆立つ金色の短髪が目に眩しい。


 剣を扱う俺が最も欲しいコマンド「戦う」は不敵に笑っている。


「久しぶりだな、タタカウ!」

「おう久しぶりだなぁ、あー様よォ!」

「その呼び方をお前は絶対にするな! で、早速だけど俺のコマンドに戻ってくれる気は……」

「サラサラねぇぜ!」


 そう言ってタタカウはぎゃははと豪快に笑う。まさにイメージ通りの擬人化だ。思わずこめかみに青い雫マークが浮かぶ。


「だが、俺にはお前が必要なんだ。どうすれば仲間に戻ってくれる?」

『えーもう面倒じゃないですかー。さっさとこいつ後回しにしましょーよー』

「出番が無くなったからってうるさいぞ、ニゲル。で、どうなんだ?」

「そうだなぁ……」


 もったいぶるような口調で言って、突然タタカウは拳を構えた。


「やっぱ拳で語り合おうぜ!」


 そんな予感はしていた。


 シーンが変わって戦闘状態に入る。俺は落ち着き払ってマホウに声をかける。


「マホウ。悪いが頼むぞ」

「はい!」

「あん? ……ああ、お前“戦え”ねぇのか。なら仕方ねぇ」


 タタカウが動いた。反射的に身構えると、俺の頭上から赤い光が降り注ぐ。


「やるよ。じゃねぇとフェアじゃねぇ」


 目を開けるとコマンドの中に“戦う”が追加されている。


「……随分と甘く見られてるな」

「へっ! 俺に勝てるとでも?」


 俺は笑みを浮かべる。こっちにはマホウもいるしアイテムだって使える。そして戦うことができるなら、もはや完全体になったと言っても過言ではない!


「やってやるよ!」


 俺は“戦う”ことにして、自信満々ひ剣を引き抜――


 ……あれ?


 剣が、ない?


 しかし一度入力されたコマンドは取り消せない。俺は拳のままタタカウに殴り掛かり、腹に拳を放つ。5のダメージを与えた。


 どうして剣がないんだ……?


 不思議に思っていると、何かに気づいたニゲルが頭の中で言う。


『あ、そういえば、“ソウビ”ちゃんも逃げ出しちゃいましたねー』


 ……。


「もっと早く言えよおおおおお!」


 タタカウが動く。ターゲットは俺だ。そして悟る。装備がないということは――


 防御力が超貧弱。


「おらあああ!」


 タタカウの拳が、俺の顎を真下から撃ち抜いた。


「ゆ、勇者様ー!?」


 マホウの悲痛な叫び声とともに、目の前が暗転する――




「――勇者様の旅に、栄光あれ!」


 そんな声とともに、司祭の姿が目の前に映った。


 ……。


 祈る気持ちをこめて勢いよく振り向くと、気まずそうな顔のマホウが立っている。


「ゆ、勇者様が倒れると強制的に死亡扱いになるみたいです……」

「……そうか。いや、マホウまでいなくなってたら詰んでたぞ」

『わぁ! 初めての死亡ですね! ところでここはどこですかね?』


 まだ“マップ”が手に入れられてないので、俺は仕方なく教会の外に出て村の名前を確認する。


「……やばい」

「え?」


 俺は即座に記憶を呼び起こす。そう、この村で俺たちはセーブをしたんだ。体力がギリギリになったから、宿屋に泊まって。


「ち、中盤ボス手前の村だ……」

「と、ということは?」

「敵が、今戦う中では一番強い」

「……と、ということは?」


 マホウよりも先に俺の焦りを察知したニゲルが嬉しそうに大声をあげる。


『私の出番ってことですか〜〜〜!?(笑笑笑) 頑張りましょうねあー様!!!』

「あああああくっそおおおお! おい! 本当に頼むぞお前! 三連ミスで余裕で死ねるからな!?」

『さぁ、どうしましょうかね〜(笑)』


 俺はニゲルを心の底から憎むとともに、こいつに頼らなければいけない事実を諦めて受け入れるのだった。


 コマンドを集める旅は長い。

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