第11話

 怒涛の情報と情緒を受け、ガロは泥のように眠りに入った。瞼が強い重力に降ろされるように瞑り、意識もストンと落ちた。しかし夢を見た。しかも夢に入ったとわかるほど判然とした夢だった。それはまるでひとつの世界から別の世界に身ひとつで飛ばされたような。

 

 夢はガロの幼少の記憶の塗り直しだった。小川の、例の不思議な女の夢である。

 光景、音、肌に触れた感覚、その全てが同一だった。いや、全てが同一であるというより、同一であるという観念から構成されたような世界だった。ただ差異があるとすればそれはガロがこの世界が記憶にあると明確に知覚していること、ガロの肉体自体が齢二十四の成人しきったものであることぐらいだった。しかしそれ故にガロは、自身の記憶の砂浜のうちでこの女との出会いのものが一際砂金じみた稀有さを持つことを悟った。

 ガロはあの時と同じ渓谷で、あの時と同じ女の水浴びを見ている。水流が赤裸の隅々まで渡り、小川となる。だがガロはあの時の、拒絶すら伴った清浄とは違った印象を受けた。

 雪崩れの如き不安がガロを苦しめた。それは自分の身体が知らず知らずのうちに肥大するかのような不安。手中にあったはずのものがひとりでに掌を食い潰すような不安。それひとつで完結していたものに無理くり異質なものをねじ込まれるような不安。


 ガロは身動きひとつ出来なかった。小川と岸との瀬戸際が微妙なうねりがあるように見える。連なる山々がさらに岩を積み隆起をしているように見える。小鳥の鳴きが不協和音な早鐘に変わっている気がする。何よりガロの身体の穴々から魂の破片が漏出しそうな気がする。……


 再び、女とガロの間に枝の群が壁をつくった。ガロは何もしなかった。枝が密集の具合を高めるのをただ黙して眺めている。壁はより強固に、高層になった。いまや山と遜色のない高さのそれが立ちはだかっている。

 壁の成長がやんだ。ガロは憑依されたようにその壁に近寄り、触れた。すると壁は指の先から穿かれ、みるみるうちにガロ一人入れるほどの道ができた。ガロは取り憑かれたように歩を進めた。もはや幼少期の記憶も少女のことも不安も、忘れてしまった。それは調教された羊が自ずと小屋に帰るように。

 道は永かった。ガロはある種の高揚に囚われた。夢はそこで終わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る