第9話
ガロは二日間の昏睡の後に目覚めた。意識はぼんやりとし、身体のあちこちに違和感があった。それはまるで自らの存在が断絶された別の箇所から放り出された心地だった。思考も肉体も借り物であらゆる言動が無意識の緩衝材を経ている気がした。
狭苦しく閉鎖的な白空間を眺めると、一人の栗色の短髪の男が入ってきた。それはダンテだった。ダンテはこちらを見やると驚いたような様子をして早足で寄った。鈴のような音が気に障った。
「ガロ様、お目覚めですか。良かった……良かった……」
男はそういって手を握り泣いた。ガロ? 心で自問が飛んだ。しかし自分はガロ以外の誰でもないことは明らかだった。記憶も明瞭で、ダンテとの詳細な会話も覚えている。そう、確か『燃え上がる宿命』について語り合う約束をした。それは判然としている。これは全く俺の記憶だ。
「ガロ様……?」
不安に男が窺った。ガロは慌てて、
「いや、すまない、まだ色々とはっきりしてないんだ。心配させたな、ダンテ」
というと、いよいよダンテは頬を濡らし、その粘り気のある涙が手首まで伝った。理性と感性が互いに異なる方へ彷徨うような奇妙な感覚があった。
ダンテは暫く泣き続けた。泣き続けた後、「すみません、何せ、二日間も眠っていらっしゃったので」と弁解をした。
「いや、いいんだ。ところで今、何がどうなっているか教えてくれないか。覚えているのは立食会で爆弾が……」
そこまで言ったところでガロの頭はぐらりと倒された気がした。ふたつ光景が見えた。ひとつは眼前の噴水がガタガタと震撼し、火炎と水と石とが襲い掛かる光景。もうひとつは庭園での爆発を認め逃走を試みた途端、視界が白色一面に封じられる光景。どれも確信し得る光景だが位置が違う。ひとつは庭園でイリ国の姫君と話し、もうひとつは怠惰に広間で他の貴族を観察していた。
ガロの脳内はたちまち深い谷に落とされた。事物の全てが闇の濃淡ばかりで輪郭すらわからない。霧も立ち込めた気がした。全てが同一で全てが個別に思えた。
「……なあ、ダンテ、俺はあのとき何処にいた?」
「あのときというと、爆発のときですか」
「ああ……そうだ、その時だ」
「ガロ様は会の途中から容態が優れないと自室にお戻りになっていらっしゃいました。ランドロフ様もお呼びになり今後の情勢について話しておりましたが、しかし爆音が聞こえるとぶつりと倒れてしまったのです」
谷の霧はいよいよ濃く付き纏った。
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