第5話

 そのままスルーして帰ろうとした。

 のだけれど、すぐそばにあるポップが目に入ってしまった。


――あのときの私を思い出して。


 このコーナーのテーマだろう。

 店員さんが手書きで書いた文字。

 どこか後ろ髪引かれる思いがする。


 家にあった4着のスカートは全部古着屋に売るか捨てるかしてしまったはずだ。

 今の自分が着たら、どんな雰囲気がするんだろ。


「ご試着なさいますか?」


 びくっと首が縮まった。

 気配もなく店員さんがすぐそばまで来ていたんだ。


「びっくりしたー」

「すみません、夢中になっていらっしゃったものですから」

「……試着、していいですか?」

「だいぶ流行遅れですけど、いいですか?」

「はい。だからこそ着てみたいんです」


 さすがにダサいと内心思っているとは言えなかったが、当然お店側はダサいこと承知の上でディスプレイしているんだ。

 ちょっとドキドキ。

 どんな風に見えるだろう。


 案内されたのは、壁に取り付けられたピカピカの全身鏡。

 その周囲にカーテンレールがつけられていて試着室になる作りだ。

 よく見かけるボックス型じゃない。


 スカートを手渡され、カーテンが閉められる。


 全身鏡に映るあたしは完璧だった。

 頭のてっぺんから足のつま先まで、トレンドから取り残されているパーツはゼロ。

 髪は韓国の最新の巻き方。メイクも最新の流行色。服はもちろん今年のトレンド。

 体型も美容体重をずっとキープできている。


 まさに努力のかたまり。

 自分でもさすがだなって惚れ惚れしちゃう。


『自分に酔いしれるとか、キモっ』


 え? 今、誰かあたしのことディスった?


 でもさっきの店員さんの声じゃない。

 はっきり目の前から聞こえてきた。


 つまり、鏡の中の自分が、しゃべってるんだ――。


『どんだけ努力して投稿したって、いいねあんまりつかんし、もうこういうのやってる意味なくない?』


 やっぱり、しゃべった。

 あたしはなにもしゃべってないのに、鏡の中のあたしが、勝手に口を動かしている。

 何これ、ホラー。

 しかも口だけじゃなくて、スマホの画面をこっちに向けて見せている。

 全然増えないいいねの数を。

 イコール、あたしの人望のなさを。


『もう知ってるし。どんだけ努力したってマジでかわいい子には追いつけんって』


 じわっと嫌な汗がにじみ出た。

 何で、それを……。

 脳裏に浮かぶ、何人かの女子の影。

 授業も休み時間も部活帰りも、いつもいっしょに行動してるカースト最上位の女の子たち。


『金魚の糞みたいなポジションさあ、正直疲れたわ』


 圧倒的な勝ち組の「友達」たち。


 モデルにスカウトされたり、インフルエンサーとしてネットメディアに紹介されたことがあると平然と報告してくる子。

 勉強も運動も完璧にできて何度も表彰されている子。

 親が大金持ちでなんでも買いそろえられる子。


 そういう勝ち組の子たちのグループに「入れてもらっている」身分のあたし。


 天性の美貌もスタイルも、頭脳も運動神経も、財力もない。

 少しでも「特別」と呼べるキラキラした宝石のひとかけらさえも持たずに生まれてきたあたし。

 カースト最上位に入っているわけがないあたし。


 だけど輝きたかった。

 鏡のひとかけらも、磨けば宝石に見せられるかもしれないと信じていた。

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