第2話

 女の子は「そうなんですか」と自然に相づちを打った。

 女子大生にありがちな大げさな反応でも、淡泊な反応でもなく、ただ自然に。


「別に、特段いじめてくるとか嫌がらせを受けているってわけじゃないんです。ただ……なんというか……私という人格は認められていないんです」


 義母と初めて会ったときの小さな違和感。

 夫――当時は彼氏だけど――と隣り合って座る私のことを、彼女はほとんど認識しようとすらしなかった。

 まるで透明人間みたいに。

 何か私が意見を述べるとすぐに「そんなことないんじゃない?」とやんわり否定する。料理のことであれ、家事のことであれ、子育てのことであれ。


 私に彼女が求めている言葉はただ一つ――「お義母様の言うとおりです」。


 ただそれだけ。それ以外の言葉を口にする権利は私にはないのだ。


「何か失礼なことをしたのか、不安になりました。でも何も心当たりがなくて。夫にも聞いてみたけれど……」


 夫の反応は「気にしすぎじゃない?」

 つまり、自分の母と妻との間に問題があるなんてことを、まるっきり認識していないし、認識する気もないのだ。


 そういう状況下で、無闇に姑に反論でもして、我々の関係に亀裂が入ることだけは絶対に避けねばならなかった。

 昔からそういう性分なのだ。根っからの「平和主義者」。争いごとは、見たくも聞きたくも関わりたくもない。

 喧嘩するぐらいなら、私が我慢する方が良いのだから。



「……ってごめんなさい。こんな話を聞かせてしまって」


 はっと口をつぐみ、椅子に掛けたままぺこりと頭を下げる。

 どうしてだろう? 初対面の、しかもこんなに年下の女の子にこんな嫁姑の悩みを打ち明けるだなんて、どうかしている。


「いえ、大丈夫ですよ」


 女の子は柔和な笑みを浮かべている。


「お客様は、お優しいんですね。お義母様にプレゼントを差し上げようという思いも、ご立派だと思いますよ」

「いえ、優しいなんてそんなことないんです! 私は――ただ、私のことをお義母さんに見てほしいというか――」


 そこまで言って、恥ずかしさに口を閉ざし、うつむく。

 まるで幼子が親にかまってほしくて「見て、見て」と言っているようなものではないか。


 でもそれは結婚してからの四年間、私の中で眠っていた本音なのだと思う。

 お義母さんに、私の言葉を聞いてほしい。

 空気みたいな透明人間なんかじゃない。

 私という人間が確かにいることに気づいてほしい。


 私を表現したい――


 ふと、光を感じて顔を上げた。

 腰掛けている応接セットの横に目をやると、壁に大きな全身鏡が設置されていることに、今初めて気がついた。

 光を感じたのは、その鏡があまりにもよく磨かれていて、ウインドウから入る陽光を反射させていたからなのだった。


「大きな鏡ですね」


 思わず、立ち上がり、その前に立つ。

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