War Game

とらとら

第1話

『まもなく、開戦致します。兵士の方々は所定の位置でお待ちください』


 出陣ゲートに女性の声で、アナウンスが流れた。黒いボディースーツに身を包んだ集団が100人ほど集まり、整列している。その先頭で陣頭指揮を取るのは、プレシオーネ・ライトだ。


「今日のフィールドは隠れる場所の多い森林だ!」


 アサルトライフルを抱えたプレシオーネはよく通る低めの声で言った。女性にしてはがっしりとした体つきだが、太っているという訳ではない。筋肉グラマラスと言えばいいだろうか。ベリーショートにしたプラチナの髪も、日に焼けた肌も、ボーイッシュに拍車をかけている。


「まずはラビットが先行して敵の位置を把握。追走するドーベルマンとロットワイラー、グレイハウンドで敵を撃破する。撃ち漏れは一般兵に任せる!」


 指示を出し終えると、プレシオーネはゲートに向き直った。サビの浮いた両開きの鉄のドアだ。大きさは一枚辺り、高さが3メートル、幅が5メートルと言ったところか。


『お待たせ致しました。只今より、戦争を開始致します』


 再び、アナウンスが流れた。黒い集団はそれぞれの装備を握り直し、その時を待つ。


『ビーーーー!!』


 ブザーが鳴り、ゲートがゆっくりと開かれた。見るからに古めかしいそれは、ギギギという音と共に開いていく。

 黒い集団から7つの人影が先に飛び出し、ゲートの前に迫る森に入っていった。その次に、プレシオーネを含む、ペアになった7組が、先行した人影を追いかけるように森に入った。残ったのが一般兵で、彼らは少し間を置いてから広がって森に侵攻を開始した。


『敵発見、2時の方向です。数は8』


 イヤホンから聞こえた男の声に従い、ハンドガンを構えたのは、ルナ・ビルだ。腰まで伸びた長い黒髪を、前髪までひっつめて、ポニーテールにしている。バランスの取れた女性らしいプロポーションが、ピッタリとフィットしたボディースーツで露わになっている。髪と着ている物が黒い分、白い肌が強調されている。整った顔立ちをしていて、澄んだ青空のような瞳が一際目を惹いた。つり目がちで猫のような目が敵を捉える。手信号でペアとなったカロスに指示を出す。


 カロス・ウィスティリアは外に跳ねる癖がある青い髪と、緑の瞳をしている。少年の名残が残る体つきだが、既に身長はルナよりも高い。ひょろりとして見えるが、線が細いという訳ではない。背が高すぎるのだ。鍛え方によっては、今後、化けそうな逸材である。彼は、アサルトライフルを構えて、ルナの示した方向に目を凝らした。


 緑が占める森の中で、目立つワインレッドの軍服が見える。それもヒラヒラしたマントや、ミニスカートなど、戦場でふざけているのかと言いたくなる出立ちをしている。

 ワインレッドの的に向かってカロスが銃を連射する。5人が倒れ、敵は悲鳴を上げながら、銃撃してきた方向に銃を乱射した。カロスは落ち着いて木の裏に身を隠した。錯乱しながらも銃を撃ち続ける3人を、ルナが1人ずつ確実に素早く、始末した。


「ひぇ~、危ないなぁ~」


 木の裏から、カロスが顔を出す。


「怪我は?」


 弾を補充しながらルナが問う。まさに片手間といった感じで、特に心配しているという様子はなさそうだ。


「危機一髪! 避けました~」


 カロスは果敢に、ルナにピースをしたが、無視された。


「それにしても、森林でもこの軍服って……この人たち、勝つ気あるんですかね?」


「パラミシアは目立ってなんぼ」


「へ?」


「って、フェンが言ってたわ」


「なるほど~」


 平坦な表情のルナと、終始笑顔のカロスは対照的だった。


『次の敵、来ます』


 イヤホンの声に反応して、ルナもカロスも兵士の顔に戻る。木立に身を隠しながら、2人は次の獲物に向かった。


 * * * *


『ビーーーー……』


 森にブザーの音が響き渡る。その音で銃声が止んだ。次いで、アナウンスが流れた。


『制限時間となりました。戦争が終了致します。兵士の方々は、速やかに、自陣ゲートにお戻りください。なお、森林では回収車による回収は行われません。この放送より10分後に、フィールドに残られた兵士の方々を捕虜としてーー』


「ルナさ~ん、戻りましょ~」


 少し離れた茂みにいるルナに向かって、カロスがアサルトライフルを掲げて大きく振った。ルナは体の脇に構えていたハンドガンを太腿の部分に作られたホルダーに仕舞った。


「僕もハンドガンにしたら良かったなぁ~」


 身軽になって走るルナを見て、カロスはアサルトライフルを抱えて走る自身を憐れんだ。そこに木の上から人影が降ってきて、2人に合流した。黒いボディースーツに背中にスナイパーライフルを背負ったラビットだ。


「あれよりマシかぁ~」


 呟いて足を緩めるカロスを、ルナが鋭い目で睨む。


「遅れると、捕虜になるわよ」


「ひ~!」


 カロスはルナに檄を飛ばされながら、やっとのことでゲートにたどり着いた。


「おっそいなー、お前たち! どこまで行ってたんだい?」


 ケタケタと笑いながら2人を迎えたのは、陣頭指揮を取っていたプレシオーネだ。


「いや~、ルナさんがどんどん進んじゃって~」


 頭をかきかき、ルナを横目に見ながら答えるカロス。ルナはそれを無視している。


「お! オメェらも戻ったか」


 プレシオーネの向こうから、男が親しげに片手を上げて近づいてくる。フェン・フロートだ。鈍色の髪を後ろに撫で付け、銀縁のメガネをかけている。鍛えられた体には不釣り合いな柔和な顔つきの男だ。


「このお坊ちゃんは、鍛え直さないとダメだねー」


 プレシオーネは持っていたアサルトライフルの銃先をカロスに向けて言った。それをフェンが慌てて手で押さえて下に向けさせた。


「危ねぇな! 誤射したらどーすんだっ」


「そんなヘマするわけないだろー?」


 ケタケタと笑うプレシオーネに、見た目に反して口の悪いフェン。筋肉グラマラスに対抗して、インテリヤクザと言ったところか。


「わ~……相変わらず、仲悪~い」


 カロスは小声で言って、ルナの背後に隠れるように移動した。と言っても、ルナよりも身長の高いカロスは、どうやっても隠れないのだが。

 その時、ギギッと音が鳴って、開いていたゲートが閉じ始めた。パラパラと錆を落としながら稼働している。


『戦争終了から10分が経ちました。フィールドに残っている兵士は、捕虜として保護されます。その場で動かず、お待ち下さい。ゲートに戻られた兵士の方々は、速やかにお帰りください。本日も、お疲れ様でした。お忘れ物のないようーー』


 そこかしこで息を吐く音が聞こえた。その音をかき消すようにプレシオーネが声を張り上げる。


「さぁ、撤収するよ!」


 黒い集団はゾロゾロとバスに向かって歩き始めた。


 * * * *


 兵士たちを乗せた4台のバスが開けた土地に出た。高かった陽は沈みかけ、辺りはオレンジに染まっている。舗装された道はなく、目印になるようなものもない。

 バスが止まった。地面がうなり、砂を落としながら持ち上がる。斜めに持ち上がった地面の中には、点々とライトが続く通路があった。通路を下ると、同じようなバスや、SUV、装甲車など様々な軍用車両が静かに並んでいる駐車場にたどり着く。


 ドアが開くとゾロゾロと兵士たちが降りてくる。皆一様に疲れており、空気は重い。そこにプレシオーネの声が響いた。地下の駐車場なので低めの声がよく響いた。


「聞け! 今日の戦争の結果は、我が軍の死者数・3名、パラミシアの死者数・89名で、大差をつけて我々の勝利だ!」


 駐車場に鬨の声が響いた。さっきまでの暗い表情が消え、皆、興奮で顔が赤くなっている。笑っている者さえいた。


「今日はゆっくり休んでくれ! 次の戦争でも活躍を期待する!」


 そう締めくくり、兵士たちは解散した。パラパラと人が散っていく。

 巨大な地下施設であるピリンキピウムの地下都市は第1層が駐車場や訓練施設・武器庫などがある。第2層が兵士の居住区になっているので、一般兵とラビットは武器庫に使用武器とボディースーツを返却してから居住区に向かうことになる。しかし、Sエスであるプレシオーネたちにその必要はない。ドーベルマン、ロットワイラー、グレイハウンドの3チームは、各チームごとにシャワー付きの個室が与えられており、武器もスーツも個人で管理しているからだ。共同部屋で共同シャワーの一般兵からしたら破格の扱いである。それも、今日の戦いぶりを見れば納得ではあるが。


「ラビットの皆さんって、Rアールなんですよね~?」


 1度に30人が乗れる巨大なエレベーターの中でカロスがフェンに聞いた。


「あん? それがどうした?」


「いや~、学校では、RはSの劣化版だって聞いてたから、どんなものかと思ってたんですけど、能力的には僕たちと、そう変わらないじゃないですか~」


「ラビットは素早くて目の良い奴が集められてるからな。その点に置いては、私たちとそう変わんねぇと思うが……」


「Sを生み出す過程で、遺伝子に変異があるとRになる。Rには必ず、どこかに欠陥があるのよ」


 静かに話を聞いていたルナが、目を閉じたまま呟くように言った。


「へ~、そんな風には見えなかったけどなぁ~」


「初々しいねぇー」


 ケタケタとプレシオーネが笑う。カロスはロットワイラーに配属されて、まだ半年も経っていないのだ。


 エレベーターを降りると、申し訳程度の緑が並ぶエレベーターホールに出た。通路が3本に分かれており、3組はそこで別れた。寮の配置がバラバラなのだ。

 ドーベルマンはプレシオーネを含め6人が右へ。グレイハウンドは5人で左の通路を。ルナ、フェン、カロスはロットワイラーの寮のある真ん中の通路を行く。


 Sが使う寮の扉にはそれぞれ隊名にある犬のイラストが描かれている。ルナたちは横を向いたロットワイラーの描かれた扉を通って寮に戻った。入ってすぐは談話室となっており、そこに個室へ続く扉が並んでいる。ロットワイラーは3人編成なので、扉は3つだ。


「今日はこれで解散だな。明日の予定は特にねぇから、各自、自主訓練ってとこだろ」


「了解で~す!」


「了解」


 フェンは真っ赤に塗装された扉に入り、カロスはデフォルメされた椰子の木や、ヤドカリ、波などのステッカーが貼られた陽気な扉に入った。

 ルナは何もいじられていないシルバーの扉に入る。中も扉と同じくシンプルで、これといった自前の調度品もなく、備え付けのベッドとデスク、小さめのクロゼットがあるだけだ。クロゼットの横にあるガラスの扉はトイレとシャワースペースになっている。


 ルナはボディースーツを脱ぎ、ドックタグを外してシャワーを浴びた。白い肌のあちこちに傷痕や銃創が見られる。長い戦争の歴史が、その細い体に、全て集約されているかのようだった。

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