昔話のお約束

桐生文香

第1話

「むかしむかし…」「今は昔…」といった感じで始まりそうな出来事を体験してみたいと思っていた。

 


「最近さあ…裏山で変な声が聞こえるんだけど。『おいで…おいで…』って。」

「あっ俺も。低い声で聞こえてくるよな。」


 いつもと変わらない夕食の時間。兄二人は興奮しながら口を食事より会話に集中させていた。


「あんたたち。ちゃんと食べなさい。それよりそれ本当?まさか不審者が裏山に隠れているじゃないでしょうね。」

 「結構低めの声で妖怪みたいだった。」

 「何それ。しばらくの間は裏山に行っちゃ駄目だからね。あんたも約束だから。」

 

 心配性な母はそう言って僕の顔を覗き込んだ。


 「はあい…」

 やる気のない返事で返す。


 正直の所、母に無理矢理交わされた約束など守る気など無かった。

 それよりも僕自身もその妖怪の声とやらを聞いてみたいと思った。

 僕の好奇心を刺激する声を…。




 翌日になると僕は裏山に入った。

 薄暗い木々が生い茂る中へ踏み込むと例の声が聞こえ来た。


 「おいで…おいで…。」

 

 確かに低すぎて人間とは思えない声だった。

 夕食では兄たちは不気味だから立ち去ったと言っていた。でも僕は進んでいった。


 何か不思議な体験が出来そうだったからだ。昔話のような不思議な体験を…。




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