第41話


 からかうような声に振り返ったネリネは、神父が手にしていた物を見て仰天した。見覚えのあるそれは、この教会に就任した当初に書いていた密告ノートだった。悪魔クラウスの特徴をまとめた一冊である。ネリネは信じられない思いで口をパクパクさせながらそれを指した。


「なっ、なっ、それっ……」

「ああ、よく観察してあるね。だけどこの似顔絵はひどくないか? 植物のデッサンは得意なのに人物は苦手なのか」

「あぁぁぁああぁあっ!!」


 楽しそうにパラパラとめくっていた悪魔から密告ノートを取り返す。隠すようにそれを抱え込んだネリネは背を向け縮こまった。しばらくしてチラリと振り返るのだが、その顔は耳まで赤く染まっていた。


「み、見ました?」

「いやぁ、おどろいたな。自分でも腰骨の上にホクロが二つ並んでるなんて知らなかったから。一体いつ覗いて――」

「調査です!! 調査の一環ですから!!」


 恥ずかしさで爆発しそうになりながら叫ぶ。庭掃除の焚き火に必ずこれを叩き込むことを誓いながら、ネリネは何とか冷静さを保とうと口を開いた。


「ど、どの道バレてるんです。これはもう必要ありません」

「うん?」


 そこでようやく教皇だけには全て打ち明けていたことを告白する。結果的にうまく行ったのでそこは咎められなかったが、あの日、聖堂の奥で見てしまった物についてはさすがに彼も驚いたようだ。


「教皇自身が悪魔? もしくは悪魔飼いの可能性があるのか」

「教会のトップがまさかとは思ったのですが……でも、どうしてそれをわたしに見せたのでしょうか?」


 教皇の真意が読めなくて不安になる。うーんと考え込んでいたクラウスは意見を述べた。


「たぶんだけど……彼は自分の手の内を明かした事で、我々に仲間意識を植え付けたいんじゃないかな」


 こちらが大人しく暮らしている限りは向こうも手を出さない。その逆も然り。いわば秘密同盟を結ぼうとしているのではないかと神父は言う。


「まぁ、着地点としては悪くない。しばらくは安心していいんじゃないかな。何か起きたら駆り出されるかもしれないけど……対等な立場なのは間違いない。こちらも向こうの最大の急所を掴んでいるんだからね。その時はその時さ」


 ゆるい笑顔でのほほんと言う神父に、呆れると同時にどこか心が軽くなる。

 だが、それを素直に表に出すほどネリネは甘え上手ではなかった。ため息をついてそっけなく返してしまう。


「だと良いんですけど。まったく、わたしはただ平穏に暮らしたいだけなのに、どうしてこんなことになるんでしょう……」

「ハハハ、刺激的で良いじゃないか。人の一生は短い、楽しまなければ損だよ」


 その一言で、この奇妙な関係の根本的な疑問が再浮上する。キュッと眉を上げたネリネは問いただすように言った。


「そうです、あなた本当に何が目的でわたしに構うんですか?」

「え、そこ蒸し返すのかい?」


 ぎくっと跳ねた悪魔に向けて、今日こそ聞き出してやると切り込んでいく。


「わたしに、そうされるだけの理由が思い当らないんです。気まぐれですか? 同情なんですか?」

「普通の人がためらうような事に関してはグイグイ来るね、君……」

「ハッキリしないのが嫌いなだけです!」


 真剣な顔をして迫ると、クラウスはのけぞりながら視線を泳がした。沈黙の後、彼はごまかすようにへらっと笑う。


「だから私は君を幸せにするため、その身にかかる火の粉を振り払うためにやってきただけだよ」


 ついに爆発したネリネは足元をダンッと踏みつけた。


「またそうやってはぐらかす! わたしはその理由を聞いているんですっ」

「おっと、そろそろ庭の手入れの時間だ」

「クラウス!」

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