第39話
先手を打って話を切り出す。先の手紙にはクラウスが悪魔なことも正直に打ち明けてあった。下手にごまかしたところで『誰が王子たちをあんな状態にしたのか』の説明がつかないし、この教皇相手ではいずれ見抜かれてしまうのでは無いかとの恐れが拭えなかったからだ。それに……。
「今回の一番の功労者は彼だと知って欲しかったんです。確かにクラウスは種族的に言えば悪魔かもしれません。ですが教会に居ても神の天罰が下ることもなく、人々に正しい道を優しく説いています。それに、無実のわたしの為に尽力してくれて――」
「あぁ、よいのです。皆まで言わなくとも分かっていますよ」
話を遮る教皇に驚いて顔を上げると、彼は慈悲にあふれた微笑みを湛えていた。
「私もそこまで鬼ではありません。あなたも手紙で言っていたではないですか。正しい心を持っていれば悪魔も人もない、全ては神の前で平等であると。私も今回の事でそう考えを改めました」
「じゃあ……!」
「もちろん、全ての悪魔がそうとは言いません。ですが、クラウス神父は特例としましょう。しばらくは様子を見守ることにします」
ほっとして胸をなでおろす。よかった、少なくとも今回は見逃して貰えるらしい。そう感じたネリネは深々と頭を下げる。
「ありがとうございます」
「正式な通達は後日、ホーセン村に届けますからね。帰ってくださって大丈夫ですよ」
「はい」
目の前に居た気配が踵を返して歩き出す気配を感じる。それでもネリネは深く頭を下げ続けていた。と、その時、ほとんど聞き取れないくらい小さな声が届く。
「それに、悪魔の一匹も飼いならせないようでは真の聖職者とは言えませんからねぇ」
えっ、と驚いて顔を上げると、肩越しに振り返った教皇は笑っていた。少しだけイタズラっぽいような、秘密を共有している仲間内のようなまなざしで言う。
「あなたは人と言う物を少し信じすぎている。傍に悪魔を置くぐらいでちょうどいいでしょう」
「え、あの……」
「これからも期待していますよ、コルネリア」
そして今度こそ行ってしまう。返事も出来ずに固まっていたネリネはふと視線を落とす。
ひだまりの中に進んだ教皇の影がおかしな具合に歪んでいた。まるで角が生え、大きな翼がその背から飛び出しているような――
しばらくネリネは動けなかった。ようやく我に返ったのは、陽も沈んだ後にランプを灯しに来た職員に声を掛けられてからだった。
***
聖女の座を下ろされたヒナコと、王室から存在を抹消されたジークの処遇が決まったのはそれからひと月も経たない内だった。
王子の近衛兵たちも含め、彼らには自分たちがしてきた罪をそっくりそのまま身に受ける罰を教会から下された。生かさず殺さず、人々の反面教師となる為に各地をめぐり苦痛に満ちた表情を見せる事。犯罪の抑止力としてこの上ない見せしめとなる。
順番は終わりから遡って、ソフィアリリーの毒花からに決まった。それに耐え抜けば次はカミル村の放火と背後からの切り捨て(これは四肢を炙る事と遺族からの鞭打ちに変更された)そして最後には首都に戻り、公衆の面前で再度きっちりと裁かれる予定だ。その後は投獄され、みじめに奉仕刑を続けながら一生をかけて償い続けることになる。
「た、助けてぇ、コルネリアちゃん。死んじゃう、死にたくないよぉっ」
そして、ホーセン村から贖罪の旅は始まった。いつぞやとは逆の立場で見下ろすネリネは、哀れっぽく懇願するヒナコを見下ろしていた。やがて開いた口からは氷のような声が流れ出る。
「死にたくない、ですか。あなたたちのせいで死んでいった人たちも多分同じことを考えていたでしょうね。大丈夫、死なない分だけあなた達の方が被害は軽い。ヒナコさん、償いましょう?」
「あなた本当の聖女なんでしょう!? きっと真の聖女はこういう場面で赦すわ! だから、ね!?」
なにが「だから」なのか分からない。彼女の手を取ったコルネリアはにっこりと微笑んだ。
「聖女? 今のわたしは何の権限もないただの修道女ですよ? だってあなたたちに追放されたんですもの」
絶望するヒナコの手の中に、紫の布で出来た巾着を押し込む。カチッと、中から硬質な二つの物同士がぶつかり合うような音が聞こえた。
「贖罪に向かうあなたにせめてもの手向けです。本当に耐えられなくなった時に開けてみて下さい。きっと救いになりますよ」
「な、なにこれ……」
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