第19話
「お見苦しいところを申し訳ありません……」
数分後、祭壇の段差には並んで腰かける二人の姿があった。泣くだけ泣いたネリネは元の冷静さを取り戻し、恥じたように俯いている。羞恥心はその頬を染め、膝の上に置いた拳を震わせていた。
「あはは、スッキリしただろう?」
その隣、こちらもすっかりいつもの調子とヒト形態に戻ったクラウスが朗らかに笑いながらそう返す。本当にさきほどまでの悪魔と同一人物なのかと疑いたくなるような変わり様だった。
両手の指先を合わせた神父は、いつも村人に教えを説くのと同じようにアドバイスをくれた。
「泣くっていうのも立派なストレス発散方法の一つだからね。君も内に溜め込むばかりじゃなくて、もっとはけ口を持ち合わせた方がいい」
「それはどうもご丁寧にありがとうございます。わたしはもう大丈夫なのでさっさと祝賀会に戻ってはいかがですか」
「本っ当に君は意地っ張りな女性だよ……もう少し私に頼るってことをしてもいいんじゃないか?」
腫れぼったい目元のネリネは、ぶすっとしたままそっぽを向く。それを苦笑しながら見ていたクラウスは、立ち上がると数歩進んだ。
「まぁ確かに、そろそろ戻らないと」
「っ……」
ネリネは思わず引き止めたくなる衝動に駆られ、いや、それはおかしいとギリギリのところで踏みとどまる。おかしな話だ、入ってきた時は早く出て行って欲しいと願っていたはずなのに。
それに先ほどから彼が視界に入ると心臓が妙な挙動をする。むずがゆいような、それでいて不快ではない不思議な感覚だ。おかしい、自分に不整脈の気はなかったはずだが。
シスターが戸惑っているとは知らず、少し先で立ち止まった神父は、顎に手をやり考え込むしぐさを見せた。
「しかし、改めておかしいとは思わないか? 毒の中和剤――ヒナコ殿が言うには『聖水』だったか――タイミングといい、あまりにも彼女にとって都合よく出来過ぎて居る」
それまでとは少し調子の違う声にネリネは顔を上げる。陽がとうに暮れたのに彼の姿が見えるのは月明りのおかげだと気づいた。今日は満月を少しばかり過ぎた月齢だったはずだ。
「ですが実際、患者には効いているわけですし……」
「そこだよ。君と違って直接症状を見たわけでもないのに、聞いた情報だけでそんなピンポイントに薬を作れるものなのか?」
ピッと指され数度まばたきをする。言われてみれば……ネリネは気が遠くなるほどの失敗を重ね、試行錯誤した末ようやく正解にたどり着いたというのに。
だが、魔法のような回復劇を見せつけられたシスターは、聖職者として当然の意見を述べた。
「彼女は儀式を経て正式な聖女になりました。本当に神に通じるチカラでも授かったのでは?」
「祈って祈って祈って……それでカミサマに聖水の作り方を教えて貰ったと言うあれかい?」
ここで少し崩れた表情を見せたクラウスは、皮肉っぽく笑ってこう続けた。
「言ってはなんだが、神なんてのはただの概念さ。一人ひとりの心の中にいる物だと私は考えている。祈りを捧げれば簡単にポンと解をくれるような都合のいい神なんてどこにも居ないんだよ」
仮にも神父とは思えない発言に目が点になる。神父は説法をする時の声そのままに言葉を次いだ。
「『神の教え』とは市民を上手く操作するための教会側の都合。ヒナコ殿の『聖水』には何かカラクリがありそうだね」
神父に諭されているのか、それとも悪魔に惑わされているのか分からなくなる。難しい顔をしたネリネは首を傾げながらつぶやいた。
「自力で作れるとは思えない。その上、神の啓示に頼れないのだとしたら、ヒナコさんは一体どうやってあの薬を作ったんでしょう? それこそ悪魔と契約したとか……」
「さぁ。そのセンも考えられなくはないけど……もっと単純で明解な方法がある。前提から逆だと考えてみたらどうだい?」
逆? と、視線だけで問いかけると、クラウスはとんでもない爆弾発言を投下した。
「最初に薬を用意して、それから患者を作った」
「ぶっ!?」
まさかの自作自演説に妙な声が出る。慌てたネリネは周囲を見回して誰か盗み聞きをしていないか確かめた。
「なっ、何てことを言うんですか! 誰かに聞かれたら侮辱どころの騒ぎじゃすみませんよっ」
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