第15話
あの時と同じだ。あの断罪の場と……フォローと見せかけて完全なる踏み台にされていることに気づいたネリネは、どうにもならない状況に胸の奥から熱いものがこみ上げてくるのを感じた。
「違う、違うの、少しはわたしの話を――」
はくはくと口から漏れ出る空気は声をなさずに周囲の歓声にかき消されていく。
それでも彼女は泣かなかった。泣けなかった。泣くことを忘れた鉄仮面はひたすら俯いてじっと耐え続ける。行き場をなくした感情ははけ口を求めて容赦なく心をガリガリと削っていく。ちょっとでも気を抜くと爆発してしまいそうだ。それだけはダメだ。みっともなく泣き喚くなんて子供のような振る舞いはできない。
「でもコルネリアちゃん、わざわざそんなことしなくったって良かったんですよ? ヒナは最初から怒ってなんかないんですからぁ」
聖女様の慈悲深いお言葉に顔を上げてキッとにらみつける。
ネリネが死ぬ思いで頑張っていたのは村人と自分のためであって、ヒナコへの罪滅ぼしなどでは断じてない。なのに印象の植え付けでまたこちらの真意をすり替えられてしまう。
心の中で、聖女に対する黒い感情が膨れ上がっていくのを感じた。神に仕える者として決して抱いてはいけないはずの醜い想いがごちゃ混ぜになり胸の内を支配する。あぁダメだ、耐えろ、耐えなければ。
「ねぇねぇ教えて、そのおくすりってどうやって作ったの? 材料は?」
破裂しないよう心を保つのに必死で、頭まで血がめぐらなかったらしい。無邪気なヒナコの問いかけに俯き加減でブツブツと答えてしまう。
「違う……本当にわたしは理論に基づいて作った。祈りだなんてそんなインチキじゃない……トコンの根……オキナグサ……イラカの――」
「ネリネ!」
クラウスの鋭い静止にハッと我に返る。気が付いた時にはもう遅く、こぼれそうなほど目を見開いたヒナコが口に手を当てるところだった。
「ふ、ふぇ!? イラカって、あの真っ黒いお花? あれって毒じゃ……え、そんなもの弱った人たちに飲ませようとするなんて……えっ、えっ?」
周囲の人たちに聞こえるよう、ヒナコは驚いたふりをしてわざと声のボリュームを上げる。焦ったネリネは即座に否定しようとした。
「違っ……毒は人体に影響のないレベルまで薄めてる――」
しかし、毒が入っていると認めてしまった事で、場がしん……と静まり返る。村人たちの敵意に満ちた視線が突き刺さり、冷や汗がじわりとにじみ出した。
そんな場の空気を変えるようにヒナコはうろたえた様子で手を握りしめた。
「はわわっ、ごめんなさい。せっかく頑張ったのにヒナったら。そうだよね、コルネリアちゃんだって『自分なりに一生懸命考えて作った』んだもんねっ」
ここで数歩詰め寄ってきた彼女は、反射的に逃げようとするネリネの手をギュっと握りこみ輝く笑顔を浮かべた。
「みんな、彼女を責めちゃダメですよ。コルネリアちゃん、お祈りのやりかた教えてあげるのでファイト、おーっなのですっ」
ぞわっと総毛立つ。もう限界だ、よろめいたネリネは手を振り払い、逃げるようにその場から走り出した。
みじめな負け犬を引き止める者はおらず、背後から王子と護衛兵たちの場を取り仕切る声が聞こえてきた。
「薬は順番に配る! 慌てなくても全員に行きわたるだけの量をたっぷりとヒナコが用意してくれたぞ!」
「並べ! 並べと言っている!!」
わぁわぁと押し寄せる人波をかき分けてとにかく逃げ出そうとする。ようやく抜け出たところで一人の少年と鉢合わせた。
「あ……シスター」
いつも教会に遊びに来ていた少年だった。いつだったか妹のケガを診てあげた時の……。
「シスターも薬できたんだね。えっと、その……俺、そっち貰うよ」
気を使ってくれているのか、ネリネが未だに握りしめていたガラス管に少年が手を伸ばしてくる。
だが、彼がサッと後ろに隠したものをネリネは見逃さなかった。聖女が持ってきた薬だ。その装飾品としても十分なほどの立派な容器を見た瞬間、自分の薬があまりにもみすぼらしく見えてカァッと恥ずかしさがこみ上げる。
こちらの薬に触れられる寸前で手をひっこめる。少年が驚いてこちらを見上げたが、ネリネは無理に口の端を吊り上げ声を絞り出した。
「何……言ってるの、聖女様が作った薬の方が、絶対効くに決まってるじゃないですか」
一体、自分が今どんな顔をしているのか、想像することすら嫌だった。こんな子供にも憐れまれている、恥ずかしい、みっともない。
そう自覚した瞬間、ネリネは駆け出していた。後ろから呼びかける声が聞こえたような気がしたが今度こそ止まらなかった。
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