第13話

 朝の光が射し込み、手のひらの中の希望をキラキラと輝かせている。例の毒花を保管したガラス管に飛びついたネリネは、そっとその蓋を持ち上げる。すぐさま刺すような激痛が頭を襲った。


「っ!」


 すかさず調合したばかりの薬を、一瞬ためらったが覚悟を決めて一口煽る。倒れ込むように椅子の背にもたれかかり数分――顔を上げた彼女は瞳を輝かせていた。


「効果が、ある、成功したんだ……っ」


 治験は成功した。震える手で釜から使用した分を補充したネリネは、実験場を飛び出す。小瓶を握りしめたその胸は、嬉しさではち切れんばかりに膨らんでいた。


(ああ、やっと、やっとこれで、わたしも認めて貰える、仲間に入れてくれる。この村に居てもいいんだって……!)


 もうあの時のような思いはしない。あなたが居てくれて良かったと、きっと言って貰えるはずだ。


「皆さん! やりました! 薬が――」


 ところが、祭壇脇の扉を勢いよく開け放ったネリネは、目の前に広がる予想外の光景に言葉を失った。

 なぜなら、所狭しと床に転がされていたはずの患者たちが、みな最後の力を振り絞ってヨロヨロと出口向かって歩き始めている。耳を澄ますと外からは賑やかなざわめき声が聞こえてきた。


「ど、どうしたんですか、これはいったい……」


 戸惑うネリネに、近くを通りかかった男性が足を止める。彼は明るい表情で、忘れかけていたその名を高らかに呼んだのである。


「聖女が……ヒナコ様がこの村を救いにやってきて下さったんだ!」



 外に飛び出たネリネは異様な光景を目にした。村人たちが門の付近めがけて我先にと集結しているのだ。彼らは足元など見ていないのか、アプローチ脇に植えられていた花たちは無残にも踏みにじられていた。

 その憐れな姿を悲しそうに見下ろしていたクラウスを見つけ、ネリネはそちらに駆けよる。


「いったい何事ですか?」


 声をかけると、神父は困ったように眉根を寄せた。


「まさかこのタイミングで来るとはね……」


 その瞬間、人だかりの中心から大声が上がった。人垣が揺れて騒ぎの原因が見えてくる。


「ええい、寄るな! この方をどなたと心得ているのだ!」


 制服を着た護衛兵たちが村人を必死で遠ざけている。その向こうに見えたのは、白馬に乗ったジーク王子と聖女ヒナコだった。まるで美しい一枚の絵のように堂々とした佇まいで、周囲の様子を見回している。


「汚い手で触るな!」

「あっ!」


 その時、前列に居た老人が護衛に突き飛ばされた。ざわっと民衆がどよめく中、ヒナコが高らかな声を上げた。


「乱暴は止めて下さい!」


 タッと馬から降りた彼女はクリーム色を基調としたドレスを着ていた。だが、その美しい生地に汚れが付くのも構わず、突き飛ばされた老人の前に膝を着く。眉根を寄せた彼女は辛そうに老人に向かって話しかけた。


「遅くなってしまってごめんなさい。苦しい中、本当によく耐えて下さいました」


 身分の高い聖女が下々の者に膝を着き、誠心誠意謝っている。その驚きの光景に村人たちはざわめいた。老人の頬に手を伸ばしたヒナコは瞳を潤ませる。


「まぁ、こんなに痩せ細って……でももう大丈夫ですよ、とびっきりのおくすりを持ってきましたからね」


 すっくと立ちあがった彼女は、腰につけたポーチから丸いフラスコを取り出した。キラキラと輝く黄金色の液体がちゃぷんと揺れる。


「私、自分に何ができるかずっとずっと考えてたんです。自分なんかに聖女なんて本当に務まるのかなって……でもここで諦めたらダメだ、頑張れば奇跡は必ず起こせるんだって、つらい時こそ笑顔でいなきゃって自分自身を励ましたんです!」

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