102.村比斗無双

 エルフの里で渡されたペンダントは『転職の輝石』と呼ばれる貴重な品であった。


 まだ多種多様な職業があった前時代、一般に転職を司るのは司祭の仕事であったその時代。稀に発見される特殊な効力を持った輝石の中に転職を可能にする石があった。それをペンダントに加工したのが、村比斗が渡された転職の輝石であった。



「ゆ、勇者だと!? ば、馬鹿なことを……」


 そういいながら全身から流れる汗を否定できないベガルド。明らかに先程までの者とは違う存在。一体何が起こったのか理解できない。



(そうか。村人でも『貢献ポイント』だけは毎回貯まっていたからな……)


 まったく使い道のなかった『貢献ポイント』。それが勇者になって一気に消費できたことに村比斗は気付いた。



(とりあえず……)


 村比斗はラスティールを抱きかかえながら静かに言う。



完全回復オーラキュア


 そう言葉にした瞬間、村比斗の体が真っ白に光り、その光が一筋の線になって空へと放たれる。



「な、何をして……」


 驚くベガルド。自然と後退しながらその様子を見つめる。



「え……?」


 ラスティールは心地良い体の感覚に気付き目を覚ます。空を見上げると、その空一面に真っ白い光が輝いており、それがまるで雪のようにこの辺り一面に降って来ている。



(なんて温かな光……)


 ラスティールはその光に包まれているだけで、心休まる気持ちとなる。そして自分の体の傷がすべて治癒していることに気付いた。



(村比斗……)


 この圧倒的絶望の中、なぜ自分は彼に抱かれているのだろうかと不思議に思った。彼を守らなきゃいけない、そんな気持ちも消えている。いや逆に、このまま全てを彼に預けたいとすら思ってしまう。



「村比斗……」


 ラスティールが村比斗の腕の中で小さくその名前を口にする。



「気付いたか? 怪我はどうだ?」


 ラスティールが頷いて答える。



「大丈夫だ……、それより、お前は……」


 村比斗はゆっくりと彼女を下ろすと小さな声で言う。



「ここは俺に任せろ。お前は他のやつらと一緒に避難してくれ」


「ば、馬鹿なことを!! わ、私も一緒に……」


 村比斗はラスティールの顔に両手を添えながら言う。



「俺も男だ。一度くらいカッコつけさせてくれ」


 村比斗から溢れる『圧倒的強さ』のオーラ。一体何が起こったのか理解できなかったが、もうここは彼に任せるべきだと直感した。ラスティールが思う。



(最初お前は、ふふっ、最初は本当に救いようのないヘタレだと思っていたが、一緒に過ごすうちに一体何度お前に救われたことか。だけど、私はずっと思っていたんだぞ。そんなこと言わなくとも、お前は……)



 ――十分カッコいい、ってな。


 ラスティールは顔を真っ赤にして恥ずかしそうに答える。



「分かった。だが、私にできることがあれば何でも言ってくれ!!」


 村比斗は少しだけ考えて答える。




「何でも? じゃあ、あいつ倒したらパンツをくれ。脱ぎたての」



 ラスティールはくすっと笑い、そして涙を流して言った。


「ああ、そんなもんで良ければくれてやる。だから……」



 今度はラスティールが村比斗の顔に両手を添えて言う。



「絶対に死なないで……」



 それに頷く村比斗。

 そしてラスティールが背を向けて仲間の方へと走って行く姿を優しい目で見つめた。




「さて……」


 村比斗は後方にいる暗黒魔王ベガルドに向き合って言う。



「ひとつ聞く」


 無言でそれを聞くベガルド。



「このまま魔界に帰って、二度とこの地上に現れないというならば見逃してやる」


 ベガルドは顔を引きつらせながら怒りで震える。



「馬鹿なことを……、この暗黒魔王に向かってそのような戯言を……」


 村比斗はステータス画面を開き、自分とそしてベガルドとの能力を見比べる。



「まあ、そう言うとは思ったが念の為の確認だ……」


 ベガルドは強がって見せたものの、目の前の小さな男に先程からずっと体の震えが止まらない。先の爆発で致命傷を負ったはずの周辺の勇者達も、すべて目の前の男の魔法で回復している。



(何が起こったのか……、ただこれだけは言える。やつはもう『村人』ではない。奴は……)



 ――勇者だ



 魔族、そして魔王が最も忌み嫌う存在、勇者。

 駆け出しや底辺勇者なら何も恐れることはないが、強き勇者は唯一魔王を討ち破ることができる存在。そんな恐るべき存在が生まれないようにレベルアップの要因を全て排除したのだが、一体なぜこのような状況になったのか理解できない。



(ええい、無駄無駄無駄無駄っ!! 我こそは最強の暗黒魔王!!! いかに勇者と言えども我の前に力なく倒れてゆく命運!!!!!)



「くたばれえええ!!」


 ベガルドは折れた剣を捨て、強く握った拳で村比斗に殴り掛かる。



 ガッ!!


(なにっ!?)


 村比斗は筋肉隆々のべガルドの右腕を、その細い腕で掴む。



(う、動かない!?)


 か細い村比斗の腕。

 それがまるで万力で絞めたかのように固く動かない。



 ボフッ! ドンドンドンドン!!!


 そして動けなくなったべガルドの腹部に村比斗の拳が連続で打ち込まれる。



「う、うぐがあああああっ!!!」


 強烈な拳を喰らい、ベガルドが後方へ吹き飛ばされる。そのままあまりの激痛に地面に倒れたまま動けなくなる。






「ね、ねえ。あれって、村比斗君だよね……?」


 ふたりの戦いを遠くから見ていたミーアがレナに尋ねる。


「うん、村比斗君。でも、なんか別人みたいだね……」


 レナは初めて見る自分よりも遥かに強い存在に体がじんじんと心地良く疼く。



(な、何なの、この感覚? あの村比斗君に抱きしめて貰いたい。ぎゅっとされたい……)


 初めて感じる圧倒的存在にレナの心は制御不能となっていた。




「村比斗様……、なんてお強い……」


 ローゼンティアは守る側から守られる側になったことを感じ、更に女としての喜びを噛みしめる。


「村比斗様ぁ、ティアはもう立っていられませんわ……」


 その場にへなへなと座り込むローゼンティア。



「兄貴っ、兄貴はやっぱりめちゃくちゃ強かったんだな!!!」


 村比斗の初めての戦いを見たデレトナが涙を流しながら言う。






「こんなことがっ!! こんなことが、最強の暗黒魔王のこの私がっ!!!」


 よろよろと立ち上がったべガルドが、自身の暗黒闘気を剣の形へと変えていく。それはすぐに禍々しい漆黒の剣となって村比斗に向けられた。



「グハハハハッ!!! この剣が見えるか? 全てを斬り裂く暗黒剣。お前の拳などこれで斬り刻んでやるわ!!!」


 村比斗はふうと息を吐いてから少し離れた場所に落ちていたを拾い言う。



「なあ、知ってるか? これ『六聖剣』って言うんだけど、これも何でも斬り裂くって言う話だぜ」


 そう言って先程までラスティールが使っていた六聖剣を構える。




(やだ、カッコいい……)


 ラスティールは聖なる剣を構えた村比斗を見て思わず胸がときめいてしまった。圧倒的強さを誇る勇者。その手には強者だけが持つことが許される聖剣。あまりにも様になりすぎて見ている者を魅了する。



「私が最強だあああああ!!!!」


 べガルドが暗黒剣を振り上げて村比斗に斬りかかる。



 ガン!!! バキン!!!



「へ?」


 暗黒魔王ベガルド自慢の暗黒剣が、村比斗が持った六聖剣に触れた瞬間にまるで氷のつららのように途中から綺麗に折れてしまった。ベガルドが青い顔をして言う。



「嘘だ、嘘だ、こんなこと……」


 村比斗が六聖剣を腰に収めながら言う。



「さて、そろそろ終わりにするか」


 暗黒魔王ベガルドの額に脂汗が滲み出た。

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