俺以外、全部勇者。

サイトウ純蒼

第一章「唯一の村人、異世界に降り立つ!!」

1.ラノベ的事故、転生。そして出会い。

 村比斗むらひと 真帆まほのはモテない平凡な学生だった。

 特にすることのない休日。街で目についた美男美女を見ては、


『けっ、あんな奴ら、死にそうでも絶対に助けないからな!!!』


 とひとり内心で毒づくような男だった。



 しかしそんな毒づきから数分後、イヤフォンを付けスマホを見ながらの横断歩道を歩く美女を、村比斗は突っ込んできたトラックから守り轢かれた。

 村比斗は意識のないまま見知らぬ人達に囲まれ天に召された。





(あれ、ここはどこだろう……?)


 村比斗むらひとは森の中で目が覚めた。

 これまで見たことのない木々。枝葉の形。

 脳に記憶されていない何かの鳴き声。


 村比斗は自分の頬を触る。



(俺、トラックに轢かれて死んだんじゃ……)


 体を起こし身体を見る。



(怪我はない。はあ、……にしても見知らぬ奴の為に死ぬなんて、絶対あり得なかったのにな……)


 そう思いながら周りを見つめる。




「俺のいた世界じゃないな、ここ……」


 見知らぬ森の中、見たこともない木々が一面に茂る。



「美女をトラックから守り、死ぬ? おいおい、それってまるでラノベの転生じゃん。っていうことは、ここはもしかして、異世界っ!?」


 憧れのあった異世界。まさか本当に実在するとは。村比斗は直ぐに想像する。



(俺って異世界召喚されたんでしょ? まさか勇者? 大賢者とか!? チート能力も? うぐぐぐっ、ハーレムもあったりして!!)


 異世界に飛ばされた様々なキャラ達の苦労は忘れ、美味しいところばかりを思い浮かべる村比斗。



「ああ、そんで世界を救って、美人の姫様を嫁に貰って……、ぐふふふっ……、あ、そうだ。確か指で空中を叩くと……」


 そう言って村比斗が人差し指で空中をトントンと叩く。



 ボンッ!


「わっ、出た!!!」


 そこにはゲームなどでよくある『ステータス画面』。すべてが想像通りの村比斗が、早速その画面を確認する。



「しょ、職業は何かな? 勇者? それとも……、ん?」


 暫くステータス画面を見つめていた村比斗が一瞬固まる。そしてゆっくりと一度その画面を閉じ、大きく深呼吸をする。



(落ち着け。今のはバグだ。きっとまだきちんと作動しないのだろう。さて……)


 気持ちを落ち着かせ、再び空中をトントンと叩く。



 ボンッ!


 そして再び現れるステータス画面。

 村比斗は息を大きく吐いてから画面を見つめる。



【職業:村人】



「……マジか?」


 何度見ても勇者や大賢者などの文字は見つからない。

 誰もが知っている最もひ弱な職業『村人』。いや、そもそも職業ですらない。ただ村にいる人である。村比斗が頭を抱えて座り込む。



「む、村人って、どういう事なんだ? 普通に弱いだろ、それ……、俺は何のために転生させられたんだ!? 世界を救うとか、ハーレムとかじゃないのか……?」


 村比斗が立ち上がり空を仰ぐ。



「そうだ、確か村人でも強いラノベってあったよな!! そうだ、きっとそれだ!!」


 村比斗は近くに落ちていた木の枝を拾って剣のようにブンブンと振る。




「……全然強そうに思えない。というか、あれって確か前世が魔王とか勇者とかの設定だったはず」


 村比斗が再び地面に両膝をついて座り込む。



「俺はこの世界で普通の村人になり、普通の人生を歩むのか? ま、まあ、それも悪くはないが、じゃあ何で本当に転生したんだ、俺……」


 自分の境遇に涙が出る村比斗。

 前世でも、そして今世でも至って普通な自分。ラノベっぽくステータス画面が見られるなどちょっと期待はしたのだが、やはり凡人は凡人。それ以上でもそれ以下でもない。


 その時だった。



 ガサガサッ!!


「ぎょっ!!」


 突然背後の草むらから何かの気配がした。



「グルルルル……」


 振り返る村比斗。

 そこには小型のイノシシのようながこちらを睨んでいた。



(真っ黒な体。口から伸びた異様にでかい牙。そしてあの邪気を含んだ眼光。ぜ、絶対に魔物だ……)


 村比斗は足が震えるのを押さえ、イノシシの魔物に対峙しながら考える。



(ま、待てよ。もし俺が何かチート能力を持っているのならば、この程度の魔物にやられるはずはない。や、やってみるか!!)


 恐怖はあったが村比斗は自分の力を信じ、持っていた木の枝をイノシシの魔物に向かって構える。



「グルルルル!!!」


「ひぃ!!」


 村比斗の敵意を感じたのか、それとも木の棒を向けられたことに反応したのか、イノシシの魔物は低い声で唸ると一直線に突進してきた。



「来る来る来る来るっ!! え、えいっ!!!」


 バキッ!!!



「ひえ? ぐわああああああ!!!!!」


 村比斗が叩きつけた木の枝は、イノシシの魔物に当たるとまるでつまようじの様に簡単に折れ、村比斗を遥か後ろに吹き飛ばした。



 ドギッバギッ、ドドドドッ……


「ぐほっ!!」


 何が起こったのか理解できない村比斗。

 イノシシの魔物が突撃して来て、それから目の前が花火が爆発したかのように光って……


 そして感じる全身の痛み。

 木にぶつかり、藪に落ちて体が動かない。



(ダメだ、ダメだダメだ!!! 逃げなきゃ、殺される!!!)


 やはり村人は村人。

 所詮村人に魔物退治などできるはずがない。そして村人の本能だろうか。そこに魔物がいると思うだけで恐怖という鎖で心を締め上げられたかのように体が震える。



「うぐぐぐっ……」


 村比斗は痛む体に力を入れ、藪の後ろへと体を動かす。



(えっ!?)


 藪から頭を出し、足を出した村比斗の前に思いがけぬ光景が広がった。



「うそっ!! 川だと!?」


 そこにあったのは小さいが流れの強い川。

 村比斗の足元が崩れ、そのまま川へと落ちる。



「うわああああ!!!」


 村比斗は何ひとつ抵抗できぬまま、川へと落ちて行った。





(あれ、俺また死んだのか……? いや、生きてる……)


 どれだけ時間が経ったのだろう。

 村比斗は目が覚めると、川の岸にうつぶせで倒れていた。

 落ちた時とは打って変わって穏やかな川の流れ。澄んだ水には時々魚の姿も見える。



「痛っ、いたたたた……」


 村比斗は起き上がろうと体に力を入れるが、全身の傷と鉛のような体の重さに仰向けになって倒れる。



(体中が痛い。腹も減った……)


 考えてみればこちらに来てからまだ何も食べていない。

 森の木々の間から見える空が、少しずつオレンジ色に染まりつつある。こっちの世界にも夕焼けはあるんだと村比斗は思った。



(あれは?)


 そんな黄金色に輝く夕日が差し込む森の中から、一体の白馬が現れる。



(綺麗だ……)


 仰向けになったまま村比斗は素直に思った。

 真っ白な白馬。そこに乗るのは真っ白な軽鎧を着た金色の髪の女性。



「か、可愛い……、女神様?」


 その可憐さ、あまりの神々しさに思わず声が出る。そして思う。



(ああ、女神様。ちょっと出て来るの遅いんじゃないか……、こんな場所に放り込まれてもう死にそうだよ。早く助けて、何か凄い力、下さい……)


 村比斗はようやく現れた女神様に向かって仰向けになりながら祈った。



「まだ生きているのか? このは?」



(え? め、女神様、あまりにもそれは酷い言葉じゃないか……、平凡を通り過ぎて底辺とは……)


 女神様のあまりに酷い言葉に凍り付く村比斗。



「はい、まだ息はありそうです」


(ん?)


 無表情で冷たく問う女神様に、これまで気づかなかった周りのお供が答える。



「そうか。ちょっと確認を」


「あ、ラスティール様!!」


 ラスティールと呼ばれたその女神様は、村比斗の近くまで馬を寄せると馬から飛び降りようとした。



「きゃっ!!」


 その時だった。

 白い乗馬用スカートを履いていた女神様。そのスカートが馬の飾りに引っかかり、村比斗の頭の上で大きく捲り上がった。



「あ、白」


「え!?」


 地面に降り、女の子座りをするラスティール。顔を真っ赤にして立ち上がると、真っ白なブーツを履いた足を村比斗の頭の上に思い切り上げた。



「この変態底辺が!!! この私の下着を覗くとはっ!!!!」


 ドンドン、ドーン!!!


「ぐはっ、ぐほっ、ぐひゃ!!!」



 魔物に襲われ、川に落ちて溺れ、死にそうになったところを現れた女神様だと思った女に何度も踏みつけられる。



「ラ、ラスティール様。もうよいかと……」


 一方的に顔を踏みつけるラスティールにお供が言う。村比斗を何度も踏みつけていたラスティールが我に返って言う。



「そ、そうね。もういいわ。行きましょう」


「はっ、で、このは?」


 ラスティールは馬乗りながら表情を変えずに冷たく言う。



「そのような不埒な奴、放っておけばいい。すぐ死ぬでしょう」


「御意」



(え、ええっ!? 「すぐ死ぬでしょう」って、助けないのか!! くそぉ、あの女め!! 絶対に許さないぞ!!! び、美人だが、絶対に許さない!!!)


 ラスティールとお供はそんな村比斗を見向きもせずに立ち去る。その後ろ姿をぼんやり見ながら村比斗が思う。



(ダメだ、本当に死にそうだ……)


 村比斗の意識は徐々に遠のいていった。



 これが後に『英雄』として語り継がれていくことになるふたりの出会い。

 しかしその英雄達の出会いがこんな酷いものだったとは、後世の人達には想像も出来ないものであった。

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