第19話 襲われちゃった!?

「「ぁ」」


 マヌケな声が同時に漏れた。


 そのまま数秒時が止まった。


 嘘嘘やだやだ信じらんないなんでどうして夢だと言って!?


 真っ白になった頭の中に現実逃避の言葉が飛び交った。


「大丈夫だ真昼、とりあえず落ち――」

「いやぁあああああああ!?」


 悲鳴をあげると、真昼は体当たりのような勢いで棚に張り付き、手足を伸ばして精一杯中身を隠した。


 衝撃で棚が揺れ、お気に入りの美少女フィギュアが落下して心臓がキュッとなる。


 弾みでぎゅうぎゅうに詰め込んだ押し入れの扉が勢いよく開き、恥ずかしい中身が雪崩を起こした。


 なんでこうなっちゃうの!?


 最悪の状況に真昼をパニックを起こし泣きそうになった。


「お願い見ないで!? これは違うの!? そうじゃないの!?」

「真昼!」


 いきなり夜一が立ち上がり、真昼の身体を抱きしめた。


 真昼の頭は真っ白を通り越して無になった。


 両腕でしっかり抱きしめられて、真昼は全く身動きが出来なかった。


 夜一の身体はがっしりしていて、女の子同士で冗談で抱き合うのとは全然違っていた。


 固いだけじゃなく、力強い弾力がある。


 夜一の首元からはふんわりと汗の匂いがした。


 ワイルドだけど臭くはない。


 むしろ良い匂いに感じた。


 香水にして売って欲しいくらいだ。


 嗅いでいるとホッとして、ドキドキして頭がクラクラした。


 オタバレした事が恥ずかしいはずなのに、今だけはどうでもよかった。


 というか、そんな場合じゃない!?


 あたし今、襲われてる!?


 ど、どうしよう!?


 夜一君、さっきまでそんな感じじゃなかったのに!?


 いや、思いっきりそんな感じだったけど、お互いに日和ってた感じだったじゃん!?


 どうしようどうしようどうしようどうしよう!?


 真昼は困った。


 怖い反面、嬉しくもある。


 親はいないし、これはこれで有りなのでは?


 いやダメでしょ!? こんなよくわかんないタイミングで無理やりなんて!?


 でも……いやじゃない自分もいる。


 ここで一気に距離を詰めちゃえば、残りの夏休みはずっとイチャイチャし放題だ。


 お互いラブラブなんだから、一気にショートカットしちゃってもいいんじゃないかとも思ってしまう。


 あれこれ悩んだ結果、真昼の頭はショートして、とりあえず目を瞑ってムチュ~っと初めてのキス顔を作った。


 そんな真昼に気付かずに、夜一は足元を気にしながら言う。


「その辺に画鋲が落ちてるんだ! 漫画なんか気にしないから、頼むから落ち着いてくれ!」


 ……ぁ、はい。


 慌てて真昼はキス顔を解除した。


 ものすごく恥ずかしくなり、ちょっとだけがっかりした。


 ていうか、なに覚悟しちゃってるの!? もう、バカ!? 流されすぎ!?


 心の中で自分の頭をポカポカ殴る。


 そして、こちらの身の安全を第一に考えてくれた夜一にときめいた。


 変な下心を出してごめんなさい……。


 反省しつつ、折角なので真昼は夜一の胸の香りを堪能した。


 真面目な彼氏だ。


 こんな事、次はいつになるのかわからない。


 二人でピッタリ抱き合って、摺り足の二人三脚みたいにして棚の前から移動した。


 ワルツでも踊っているみたいで、真昼はずっとそうしていたかった。


 でも、そんな場合ではない。


 昨日必死に隠した恥ずかしい秘密が全部丸出しになっているのだ。


「あ、あのね夜一君……」

「泣くなって。俺もオタクだから、こんなのなんともないっての。むしろ趣味が合って安心してるくらいだ」


 半泣きで弁解しようとする真昼の頭をポンポンして、夜一がニヤリと笑った。


 それで真昼の頭はフニャ~っとなって、背筋がぞわぞわして、悲しい涙が引っ込んだ。


 その代わり、今度は嬉しい涙が込み上げた。


「……すきぃ」


 甘えたい気持ちになり、真昼は夜一の胸に頭を預けた。


 このままではまたいけない空気になってしまう。


 夜一と一緒にいるとすぐにいけない気持ちになってしまう。


 ……だって、夜一君がかっこいいのが悪いんだもん。


 夜一と一緒にいると、真昼は自分が別人になってしまう気がした。


 甘えん坊で泣き虫で臆病で心配性で怖がりでいけない子になってしまう。


 本当はそうじゃないのに。


 恋って怖い。


 今だって、一秒でも長く夜一の胸の中にいたいと思ってしまう。


 ごしごしと、匂い付けでもするみたいに夜一の胸におでこを擦りつけながら、真昼の視線はなんとなく床に向かった。


 そして、足元に転がるお気に入りの美少女フィギュアの生首を発見した。


 ……うそ!?


「あああああああああ!? ミミさんの頭がミミってるうううう!?」


 ショック過ぎて、思わず夜一の胸から飛び出してしまった。

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