迷宮街砦の闇堕ち防衛戦⑤

 

 そこは円形の壁に囲まれた都市だった。対魔物用に創造、強化された壁が人々の生活圏を守っている。

 都市の大きさはそこそこで、大きくもなければ小さくもない。人口は一万にも満たず、約六割は兵士とその家族。二割は冒険者、残りは移民といった構成だ。

 壁の四方は『祈りの渓谷』と呼ばれ、特殊な結界が施されている。特殊な十字架を持たなければ、足を踏み入れた瞬間に方向感覚が狂い、出口に近づけず、入口の周囲を永遠に彷徨い続けることとなる。


 魔物とてそれに変わりなく、故に近寄らない。よって向こう側へ行くには、結界の影響を受けない道を行くしかないのだが、その一本道にこの都市があった。

 ここら一帯、俗に〝迷宮街〟と呼ばれる特殊な土地の最終防衛線。

 なんらかの異常事態により、連なりあった三つの迷宮から魔物が溢れ出した際に堰き止める役割を担っている。


 ――城砦都市エノク。


 迷宮街最後の生存圏となってしまったこの場所は、一種不気味さを覚えるほどに平和だった。



「きょうで三日……何も起こらないわね」



 昼と夜の中間あたり。

 先行した本隊と合流したわたしたちは、砦の前方をいくつかの防衛線に分けて警戒にあたっていた。

 一番壁から近い防衛線Dの正面をわたしたちマルティーヌ班が担当している。左右にもそれぞれA級聖騎士パラディンを筆頭とした班が二つ存在し、定時連絡の際は眠た気に目を擦っていた。


 緊張感が解けるのも仕方がない。いつ襲撃に来てもおかしくはない状況とはいえ、三日三晩も何事もなければ疲労だけが募る。

 この防衛線Dを担当する班の実情しか知らないが、どこの防衛線も似たようなものだと食料を運んだ際にマルティーヌ様がおっしゃっていた。



「そうだねえ。そも、本当に不死種アンデッドがいるのかも怪しくなってきたんよ」

「不確かな情報でこれだけの数を動かすはずないでしょ。油断してたらサクッと噛まれるんだから。――はい、これ。夜ご飯」

「マルティーヌ様、ありがとうございます」

「おおぉん、これは激レアのハンバーグ缶! マルちゃんあんがとぉ☆ あーしこれちょー好きやねん♡ お礼にキスしたる♡」

「ハイハイ――って、マジにキスしてこないでよ気持ち悪いっ」



 定時連絡を兼ねて本部から食料品を持って帰ってきたマルティーヌ様。カルラの扱いにはだいぶ慣れてきたようだが、彼女の激しいスキンシップには未だ手を焼いていた。



「マルティーヌ様、こんなことを言うのもアレなのですが、慣れたほうが後々楽ですよ」

「アンタみたいに慣れたくないわよっ! いいからこいつを引き剥がすの手伝って!」

「マルちゃん、もしかして処女? 二十三歳なのにぃ?」

「――っ! か、関係ないでしょアンタには!?」

「そうだ♡ お礼に、処女卒業させてあ・げ・る♡」

「ひぃっ!?」



 羽交い締めにされたマルティーヌ様が、カルラの動きとともに地べたに腰を下ろした。器用なことに、両足でマルティーヌ様の足を広げたカルラは、無関心を装っていたテオドールをも巻き込む。



「ほぉら、テオドール。マルちゃんのおパンツをしかと見よ☆」

「―――」

「み、みないでぇっ!」



 身長と童顔に似合わぬ派手なレース柄の黒色パンツ。テオドールは、顔を引き攣らせながらもガン見していた。



「おパンツだけは大人びちゃって、このメスガキ♡」

「お、おいいい加減にしろカルラ! 任務中だぞ?!」

「そ、そうよそうよっ! いい加減に離しなさいよこの痴女!」

「そんなこと言って、二人ともドキドキしてない? テオドールなんてほら、あんなにビンビンにしちゃって♡」

「―――」

「――!?」



 カルラのブラフにハマる二人。テオドールは咄嗟に股間を隠し、マルティーヌ様は恥辱に体をくねらせた。



「タイトルはそうねえ……『任務中なのにダメぇ! 後輩聖騎士に羽交い締めロックされながら大量生中出し! 激ピストンの連続に壮絶アク――』」

「そろそろやめなさい、カルラ」



 暴走するカルラを無理やり引き剥がし、マルティーヌ様を救出する。いくら暇とはいえ、それ以上先に進まれると信頼関係が壊れてしまうのは目に見えて明らか。何よりも、聖騎士としてあるまじき行為だ。



「やるなら一対一じゃないと。それに屋外だなんて、信じられない」

「いや、そういう問題じゃ……」



 マルティーヌ様が疲れたように息を吐いたその時。

 前方から気配を感じて、わたしは目を向けた。



「……あれは、防衛線Cの」



 ふらふらと、おぼつかない足取りでこちらに向かってくる一人の聖騎士。その顔には見覚えがあった。昨晩、定時連絡の際に本部で見かけた女性だ。



「体調が悪いのかもしれないな」

「定時連絡忘れてたんじゃないのぉ?」

「本部には全員来てたし、配給だって……何かあったのかも」

「でもでも、敵が来たら合図が打ち上がるはずでしょ~? わざわざ徒歩で伝えになんて来るかなあ」



 確かに、カルラの言う通りだった。敵襲の場合、上空へ赤色の信号弾を打ち上げるようにと仰せつかっている。徒歩より音の方が速いのは明白で、それをしないということは少なくとも敵襲ではないと思われた。



「まあともかく、彼女を待ちましょう」

「……足でも挫いているのかしら」



 酔っ払っているかのような千鳥足だ。あるいは足首を怪我したのか。



「カルラのように暇だからってふざけて、怪我でもしたんじゃないの?」

「にゃはは、そんなアホみたいなことしないってば~☆」

「……待って。やっぱりおかしいわ」



 女との距離が二〇〇メートルを切った。この距離まで来れば、彼女の大体の様子がわかる。

 やや俯き気味で表情の色は読めないが、心なしか血色が悪いように見える。肌が青白い。霊装に戦闘の形跡はなく、魔力も十分みなぎっていた。

 そして一番気になっていた足回りだが、



「……マルティーヌ様」



 右側の足首が、不自然にへこんでいた。いや、アレは……引き千切られている。まるで肉食獣が獲物を喰い千切るように、彼女のアキレス腱周囲がごっそりとなくなっていた。



「ええ。視えたわ」



 深刻そうに顔を歪めたマルティーヌ様が、懐から手のひらサイズの魔銃を取り出した。殺傷力を削ぎ落とされたそれは、注ぎ込んだ魔力の総量によって特殊な弾丸を吐き出す。それを上空に向けて、引き金を引いた。

 瞬間、打ち上がる色は赤。

 敵襲――即ち、不死種の侵攻を告げる赤が、上空に鳴り響いた。



「みんな、戦闘準備」



 マルティーヌ様とは思えない気迫に、全員の顔色が打って変わる。それぞれの得物を取り出し、前方から来る女に構えた。



「……屍食鬼グール……!」

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