新生のルカヌス⑤

「ハーレム王に、俺はなるッ」



 場所は迷宮『オルフェウスの冥路』。全六〇階層からなる迷宮の最下層。不死種アンデッドにしか感知できない結界が施された、秘密の入り口。人類未踏の六十一階層の真ん中で、部屋の主は歓喜に喘いだ。



聖騎士パラディンが美女揃いなのは昔から変わらないな! よい。実に良いぞ、フハハハハハ!」



 目前に整列させた五人の亡骸。五人の聖騎士。

 彼女たちは、この迷宮内で凄惨な死を迎えたルカヌスの部下たち。



「全員B級か。顔はA級。強いしかわいいしで俺はもう、たまらんぞ」



 ボロボロの衣類だけはそのままに、肉体の欠損はすべて修復されていた。見た目だけなら生者と変わらない。しかし、生きてはいない。心臓は脈打たず、血液も巡らない、空っぽの器。医学的にも、彼女らは死体だった。

 だが、いや、だからこそ。

 不死王エル・マクシミリアンは喜んでいる。



「生意気な女は一人いれば十分。きみたちは従順な性奴隷――ではなく、しもべとなってもらおう」



 生前に植え付けられたトラウマから、生者を嫌い死者に焦がれてしまった彼は、もはや不死種アンデッドしか愛せない。

 そういう体になってしまったのだ。



接続アクセス――我が地獄アビス



 展開された方陣は五つ。光すら呑み込む極黒が、それぞれの足元に描かれた。

 まず初めにやらなくてはならないのは、魂の捜索。器から抜けた魂を見つけ、器に納める作業だ

 時間が経てば経つほど魂を探すのは困難。だが彼女たちが亡くなってからまだ小一時間しか経っていない。加えて、ここは地下迷宮。さらに付け加えるのなら、不死種の居心地を考慮して創られた擬似的な冥界。

 下に落ちていく習性を持つ魂が、ここを冥界だと勘違いして留まっている可能性は高い。



「……見つけた。きっかり五人。一箇所に集まって、仲良しかおまえら」



 肉体から放出されていた黒い糸がピンと張る。



「それとも、ルカヌスの魂でも待っていたのか?」

 糸が魂へ繋がった。取り込むようにして、肉体へ糸が巻き戻る。

 やがて蒼白の光を放つ霊体が肉体うつわへ収まった。とはいえ、生き返るわけではない。逆に生き返ってもらっては困るので、次のを工程を踏む。



接続アクセス――我が地獄アビス



 第二段階は、不死種への転生。

 肉体を人間種から不死種へ変える。

 今回、転生させる種は吸血鬼ではなく『幽鬼士オグナ』。聖騎士が死後、呪いと共に転じるとされる魔物だ。それの上位種として彼女たちを転生させる。



「ああ、我が愛しきエウリュディケ。共に黄泉へと降ろう。おまえの存在しない明日に、価値などない」



 簡略化され紡がれた詠唱は、最上禁忌黒魔法にして第七位界の一つ。

 人々から忌み嫌われ、教会から悪しき魔法と弾劾され排除されてきた黒魔法。その中でも、決して習得してはならず、隠匿された禁忌。

 生者を死者へ。死者を生者へ。

 この世の法則を真っ向から覆す、異端なる法がここに顕現する。



「転じろ――廻り流転する正と死シャンス・レジュルタ



 五つの方陣より、濃厚な魔力とともに黒炎が吹き荒れた。熱さは感じない。あれは、いわば輪廻の炎。古い体を焼き滅ぼし、新なる体を創生する神秘の炎。

 通常、焼き上がるのに数分はかかるが、死体ならば数秒もかからない。

 黒炎が消え、現れたのは褐色肌に黒髪と化した五人の元聖騎士。身に纏っていた霊装すらも聖から魔に転じ、禍々しく輝いていた。



「成ったか」



 鑑定眼を使用し、五人のステータスを確認する。それぞれ、目論見通り『不死種:上位幽鬼士オグナ』と記載されていた。ステータスも生前より大幅に上昇している。

 これで彼女たちは次期に目を覚ます。臓器は停止しているが、不死種には関係ない。そんなもの、お飾りでしかない。吸血鬼といった例外はあるものの、基本食事も睡眠も必要としない。

 ただ、生殖行為を行ううえで必要な機能だけは意図的に備え付けている。



「さてさて、最終段階に移行しよう」



 最終段階――それは、魂の改竄。

 不死種と化した肉体に魂を定着させれば、不死種アンデッド式蘇生術は完成なのだが、そこに宿る意識というものが反発してくる可能性が高い。いや、確実に反抗してくる。ルカヌスがいい例だ。

 吸血鬼の眷属のように、自動的に従属の枷を嵌めることができれば楽なのだが、この身は不死王。ないものねだりはできないし、ないなら魔術で代用すればいい。

 つまりは洗脳。おまえは不死王に仕える奴隷なのだと、魂の単位で改竄する作業だ。



「実戦は初めてだ。少し緊張するが……頑張れ、俺」



 ルカヌスの時は、百年ぶりの女に緊張して触れることすらできなかったが。



「配下を増やすためだ。これは必要なことで――そう。百年溜めた性欲を吐き出すための口実ではないぞ」



 自分に言い訳を重ねて、右端の幽鬼士の前に立つ。

 聖騎士だった時の金髪や白い肌の面影はないが、それでも十分魅力的――いや、魅力的すぎる不死種のオーラに、止まったはずの心臓が高鳴る感覚を百年ぶりに味わった。



「ルカヌスも相当以上の魅力だったが、これは……いただけないな。とてもエッチだ」



 鼻息が荒い。いったん、周囲を見渡して人の目がないことを確認する。

 これから一心不乱の……一心腐乱の大聖戦を行うのだ。スケルトン一体の目線ですら煩わしい。



「さ……触るぞ?」

「………」



 深い眠りに落ちているから返事など当然ない。が、聞かずにはいられなかった。それが礼儀だと思った。

 新生され呪いに満ちながら修復された霊装の上から、胸に手を這わせる。しっかりとした弾力。手のひらで押し上げて、時計回りに揉む。ただのそれだけで、血液が浮上する感覚が襲いかかってきた。

 熱い。体が熱くなってきた。錯覚だとわかっているのに、熱いのだ。

 不死種になって百年間。冷たくなったはずの血が湧くこの感覚は、初めてだった。



「生み出した人形相手ではこうも興奮しなかった」



 人間の肉体は創れるが、魂だけは創れない。どれだけの美女を創造しようとも、喘ぎ声ひとつない人形では数年で飽きてしまう。

 だが、これは違う。ちゃんと魂がある。こうして肌に触れ、舌を這わせ、刺激を与えればくぐもった声が出る。

 我慢の限界だった。積年の思いを遂げるように、エルは幽鬼士を後ろ向きに態勢を変えると、洗脳を開始した。

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