アンデッドしか愛せない。– 転生リッチのアンデッド流わからせ譚- 〜リッチに転生した俺、最上位禁忌指定の魔術を使って次から次へと美女をアンデッド堕ち〜

肩メロン社長

アンデッドしか愛せない

新生のルカヌス①

 生者は獣である。飢え、血に酔い、弱者を貪る獣の群れ。

 故に死者である我らは夜の訪れとともに、獣を縊り殺す狩人となる。

 流転をなくし、時の流れすら凍てつかせ、母も神も地に貶める。

 果てに訪れる永遠の夜こそ至高なり。

 故に我ら死の軍勢よ、剣を執れ。明けぬ深淵を目指して――



 逆十字を背負ったスケルトン・ナイトが降ってきた。文字通り、上からだ。

 高低差があることには気づいていた。そこからの奇襲は警戒していたはずだった。しかし、予想外の連続に私の注意は逸れていて。

 それが、致命傷。



「ルカヌス!?」

「っ、バカ後ろ――!」

「―――」



 私に気を取られた部下のその隙を、ヤツは逃さなかった。

 弧を描く鋭い剣閃。二メートル以上はある黒馬に跨った、クビのない騎士。無慈悲な一閃が、部下の首を容易く刎ねた。次いで、道端に転がる石を蹴飛ばすかのように、彼女の体が黒馬に一蹴される。



「く、そ……」



 私の失態だ。私が、まざまざと不意打ちを喰らってしまうから、生き残った最後の部下も死んでしまった。

 奇声を発し剣を振りかざすスケルトンをいなし、クビなし騎士デュラハンの剣撃を利用して後退る。膝をつく。噴き出す血が止まらない。冷たくなっていく体。芯の奥底から、冷えていく。熱が、消えていく。



「ここで……死ぬ」



 骨と骨を擦り合わせて嗤う不死種アンデッドたち。存在自体が生への冒涜とされる種の魔物が、誘うように剣をこちらに擬す。囁く。

 死ね、尽きろ。その果てに、我らの同類になるのだと。

 数えるのすら億劫なスケルトンらによる大合唱が、薄暗い迷宮内に響き渡る。

 煩わしい蝿声さばえのように、鼓膜から背筋をなぞられるようだった。



「……でも、アンタたちと同類になるってのは、嫌よ」



 首を横に振る。不死種なんて、死んでも嫌だ。それだけは、死んでも。



「私は……神に仕える聖職者よ」



 魔を滅ぼすのが責務。魔に堕ちるなど、言語道断。



「たとえ死が覆らないとしても……!」



 どれだけの辱めを受けようとも、この世に深い憎悪と未練など残して消えたりはしない。

 最期の最期まで、戦うことを諦めない。



「来なさいよ。残らず全員、ぶっ殺してやる」



 霞む視界。力が抜けていく感覚と痛みに堪えながら、私は剣を構える。

 骨と骨がぶつかり合う奇妙な音を奏でながら、スケルトンが進軍を開始した。

 そのさまはまるで濁流のように、勢いを殺すことなく私を呑み込む。

 そして私は死ぬ。

 そのはずで。そうなるはずだったのに。



「――!」



 なぜ、解体されるようにして数多のスケルトンが地に伏すのか。

 死んだわけではない。ただ動きを止めたのだ。獲物を前にして、剣を地面に落とした。

 その姿はまるで、仕える主人を前にした下僕のようで。

 クビ無し騎士デュラハンも同様に、黒馬から降りて地に膝をついていた。



「なにが……」



 起こっているの?

 疑問は、すぐに解消された。

 嘘のように静まり返ったこの空間に、靴音が鳴る。それは、私の背後から。



「………っ」



 こんなところに、人がいるはずなんてない。

 加えて、スケルトンらの反応から鑑みるに、背後から迫ってきている者は恐らく――

 最悪だ。

 自嘲気味に笑い、私は背後を振り返った。



「――久しいな。やはり人間か」



 それは壮年の男だった。中折れ帽ソフトハットを目深に被った黒装束の男。たとえ真夜中であっても目立つ、夜会に臨むような洒落た装いだ。

 女のように長い白髪は一本にまとめられている。右手で杖をつき、冒険者でも聖騎士パラディンでもない貴族風の男が、私のまえで立ち止まる。



「聖騎士か。それもまた、久しいな」

「あ……あなた、は……」



 目の前にして、初めて感じる圧力。強い――そして禍々しい。本能が自ずと理解した。たとえ万全の状態で挑んだとしても、彼には……不死種の親玉である彼には、傷一つつけることはできないだろう。



「等級は?」



 地に片膝をつき、目線が合わさる。そこで初めて、私がくずおれていることに気がついた。



「……A級」

「優秀だな」



 雰囲気とは異なる、鋭くも優しい双眸だった。



「すまないが、おまえを癒すことはできない」



 そこで限界だった。深い眠りに落ちていくように、瞼が閉じる。とても寒かった。とても。



「おまえは嫌がるだろう。聖騎士なら尚更。ゆるしてくれとは言わん。ただ、俺に付き合ってくれ」



 おぼろげに聞こえてくる男の声だけが、ぬくもりに満ちていた。





「なんで……私、生きてるの?」



 そして私は目を覚ました。

 ありえない目覚め。確かに私は死んだはずだったのに。なぜ――?



「初めてだったんだが、うまくいってよかった」

「あなたは……!」



 聞こえてきた方向に顔を向ける。あの男がいた。岩壁に背を預け、腕を組む壮年の男。この迷宮に蔓延る不死種の支配者。



「俺はエル。エル・マクシミリアン。見ての通り不死王リッチだ」

「マクシミリアン……!?」

「知ってるのか?」



 不死種アンデッドの頂点に立ち、不死種を統べる王。不死王リッチ。彼がそうだと、死の間際に理解していたから驚きはしない。伝承の中の化け物の中の化け物。我ら聖騎士パラディンが真っ先に抹殺しなければならない最高位の不死種。魔王。

 だが、その出現よりも、不死王が名乗った性に私は驚愕した。



「知ってるも何も……その名は」



 あまりにも有名だった。教科書に載るほどに忌々しく、繰り返してはならない悲劇だと称される貴族の末路。



「しかし、もう百年も前に滅びたはずじゃ……生き残りなんて――まさか」

「ご名答。俺が生き残りだ」

「じゃあ……!」

「そう。俺がマクシミリアンを滅ぼした男だ」



 代々、優秀な魔術師を排出している高名な貴族マクシミリアン。その生まれであり、とある事件をきっかけに狂ってしまった天才術師の憤怒。

 三大悲劇の一つとして語り継がれる物語それの登場人物が、目の前にいる。とてもだが信じられなかった。



「信じられないって顔だな」

「あなたは……あのS級聖騎士との激闘の末に、死んだはずじゃ」

「懐かしいな。そう……俺は彼女に殺された」



 言葉通り、懐かしむように口角を緩める不死王。



「ただ、即死じゃなかった」

「でも、舞台では去り際に死体となったあなたにキスをして……」

「待ってくれ。舞台ってなんだ?」

「え……」



 顔が引き攣る。



「答えろ。舞台ってなんだ?」



 不死王の命令口調に、私の唇は意に反して動いた。



「『エル・マクシミリアンの死想』というタイトルで幾度となく公演されていて、私は小さい頃からその大ファンだったんです!」



 と、そこまで言って我に返る。唇に指を当てて、私は体を震わせた。

 喉の奥に手を突っ込まれ、無理やり吐き出されたかのように言葉が出てきた。そこに私の意思はない。

 脳裏に、一つの嫌な考えが過ぎる。

 まさか、私は――



「舞台……俺の人生を娯楽にして金儲けか。しかも史実通りではないらしい」



 自分の体を見渡す。横たわっていたベッドから飛び起きて、つま先から頭まで触れて確認する。傷がひとつもない。スケルトンや魔物共にやられた傷が、癒えている。

 どこを触っても異常は見当たらない。そう、どこにも。

 胸に手を当てて、息を吐く。



「心臓が動いてる……」



 体温もある。血液がしっかりと循環している。私は、生きている。

 そのことに、疑問よりも先に、泣きそうなほど嬉しくて。



「よかった……私、不死種アンデッドにでもなったのかと……」

「そこに鏡がある。身だしなみを整えろ」

「あ、ありがとう……」



 立見の前に映る私は、ひどく乱れていた。肩元まで伸びた赤髪を手でかす。穴だらけの霊装は仕方がない。あまり長時間肌を晒したくはないが、魔力が溜まれば元に戻る。



「血を流しすぎたからかな……ちょっと青白いかも」



 顔を鏡に近づける。元から薄かった肌色が、拍車をかけて薄くなっている。蒼白だ。ちょっとばかし不気味かもしれないけれど、笑えばかわいいはず。

 にこっと、いつもそうするように笑みを作った。違和感。引き攣る笑みを見つめながら、違和感がある口許を凝視した。そして、気がつく。



「なに、これ」



 異様に鋭く長い、八重歯。



「こんなの、なかった」

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