折り紙と八畳
夜雨 蓬
折り紙と八畳
「器用なもんだな」
一羽、また一羽と作られていく折り鶴を眺めながらとつと溢れた自分の言葉は予想以上に大きくて、びくりと肩をすくめた拍子に両手いっぱいの折り紙の山から一羽鶴が飛び降りた。アスファルトに横たわる鶴は大空を飛べるような翼ではなくて、何よりその体はあまりにも小さい。きっと足の親指よりも。
ゆるりと体を曲げた彼はかわいそうな鶴を摘み上げる。白く白く細い指。砂糖のように崩れてしまいそうなのに、指も鶴も形を保ったまま持ち上がる。
「まあ、普通よりも器用かもね」
言葉と共に鶴が山に帰る。有象無象の一つに還る。
彼はまた歩き始める。折り始める。狭い、狭い掌の上で。一折り一折り、繊細に。また一羽、白い山に積まれる。彼の指と同じくらいに白い折り紙。
死骸なんじゃないか。
そんな言葉が顔を覗かせる。生者の死体のような指が死骸を作る。おかしな話だ。そんな思いつきも次々に積まれていく折り紙に埋もれる。
歩く、歩く。折る、折る。積み、積まれ。
一つのショッピングモールと二つのコンビニを通り過ぎ、立って間もないアパートにたどり着く。他の家とは異なる。周りから浮いている。距離を置かれている。壁面は赤く、二階へ向かう外階段がある。
奇抜、その言葉しか出てこない。
面食らっている間に彼は部屋の鍵を開けている。置いて行かれまいと歩を進める。
ふと湧き出すように「なぜここにいるのか」「なぜ彼についてきたのか」そういった疑問が思考を占める。
巻き戻す、記憶を。一羽一羽正方形の白い紙に戻していく。山が小さく小さく。彼の手が開く開く。最初の一羽が私の掌を飛び立った。
脈が早いのか赤い私の手。その手は私の八畳にあった。
「入らないの?」
扉を開けながら待つ彼の問いかけに意識が戻ってくる。少し大股に扉へ向かう。扉をおさえてもらっている間に玄関に体を入れる。彼はまた前に出た。廊下の先、もう一枚の扉が開く。
ざぁっと風が吹くが如く、私は気圧された。
彼の八畳はそのほとんどが白く染まっていた。数歩踏み入ってからその白さは全て折り紙なのだと気が付いた。折り紙たちが床を埋め、幅数十センチの道が扉から対面の机まで出来上がっている。さまざまな形の折り紙が重なりあい、群がるように山を作っている。その山々を従えるように最奥に座すのは白い白い女性。
「ただいま」
彼は平然と彼女に挨拶した。おかえりと彼女は返し、二人は言葉を交わし始める。
違和感がある。変なんだ。
椅子に座る彼女は髪型も、顔も、服装さえも私と瓜二つなのだ。
真っ白な私がやってくる。
ありえない。わかっているんだ。ありえないことなんだって。幻覚、いや想像。彼と情報を共有し、受け入れたことによる想像。そのはずなのに。彼女は座したままなはずなのに。
「この子たちを飛ばしてあげましょ」
私の手に下から手を添えて勢いよく押し上げた。鶴は舞い、私と彼女と彼の上へ。
彼女はあまりにも白い。腕も、脚も、顔も髪さえも。そう、紙なのだ。彼女は紙でできている。一折り、一折り丁寧に折った紙が組み合わさり人の形を成している。
彼女が、私が問いかける。
「ここは私と彼の八畳。あなたの八畳はどこにあるの?」
巻き戻る、巻き戻る。私と彼と彼女も。私の八畳へ。
ベッド、シェルフ、勉強机と椅子。ありきたりな、味気ない私の八畳。私は椅子に座して。たらたら、たらたら、血を流している。理解できないまま肌を伝う血を眺めている。流れの先で落ちる血は紙を染めていた。天井のない箱状の紙の中に人型に折られた紙が二つ。じわりと血が滲む。
なぜ、どうして、わからない。
なんで、彼は彼女は私を見ている。あなたたちの場所のはずだろ。
理解できなくて息が荒くなる。腕がぶら下がり、口が開く。唾液が滑り落ちる。私の八畳には白い部屋と醜い身体が一つ。尿が漏れ出る。もう私の意思は八畳にはなくて。脚をつたい、椅子をつたい。足元に積み重なった白い死骸を染める。
その醜悪な香りだけが私に現実を見せている。
折り紙と八畳 夜雨 蓬 @YosameYomogi
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