過去話 景 後編【景色を貴方と】
◆
「これに懲りたら逃げようなんて思うなよ」
「……」
「チッ、声一つも上げねぇなんて気持ち悪い奴」
男は吐き捨てるように部屋を出る。
施設に連れ戻された私は教育という名目で殴る蹴るの暴行を受け続けていた。
正直痛みをあまり感じない私からしたらどうということはないが、物理的より精神的にクルものがある。
それでも、私の現在考えていたことは一つ。
「透……元気かな……」
思うことは僅かな時でも共に過ごしたあの男の子のことばかり。
最初はお人好し、無駄に元気で黙っていられないお喋り、何も考えてないただの馬鹿、そんな印象だった。
けれど、そんな透が今まで一人だった私にはとても暖かく思えて……、
そんな透との何気ない日々が私にとって大切だって気づけて……、
だから____
「……透が大好き……」
いざ言葉にすると抵抗なく、違和感なく、身体へと溶け込み、湧水のごとく気付けた想いが溢れ出す。
「大好き」
優しいところが。
「大好き……」
笑っているところが。
「大好き……!」
思えば想う程に吹き出す感情、それと同時に押し寄せる言い表せない絶望感。
もっと早く伝えていれば……もっと早く気持ちに気付けていたならば……、
罰に対する肉体的痛みではなく、自分に対しての落胆、嫌悪、それらにより涙が溢れてくる。
____貴方に逢えないのであればこんな命なんて……
透と別れてしばらく、永遠に止まることのない涙が枯れる頃。
私の栗色の髪は真っ白に染まっていた。
●
「おい起きろ薬の時間だ」
あれからどれぐらいの月日が流れたか知らないがまた施設の男がやってきた。
初の脱走だったけれど反省の色が見えないからか、窓の無い閉鎖的な部屋に閉じ込められていたが、男が持ってきた道具を見て察しがついた。久々の薬投与の時がきたようだ。
もうどうでもいい……なにがあっても、体罰だろうがなんだろうが、もう痛みすら感じない。
「本当に気持ちの悪いやつだな」
「……」
なにか言ってるがもうなんでも良い。
全てに興味を無くし黙る私に、男は嘲笑う様に口を開く。
「そういえばお前には教えてやるよ。どうせここから一生出れないしな」
「……」
「お前を匿っていたガキを突き止めたぞ」
「……」
「透って言うんだな。あのガキは親が海外にいるとかでいつも一人で暮らしてるらしいぞ?」
「……」
「そんな都合の良いガキだからソイツも施設に連れてくることになったんだ。良かったなまた会えるじゃねぇか」
……
…………
………………
え?
「……透?」
「お? ようやく反応したと思ったら第一声がそれか?? なんだそんなにお気に入りなんだな」
「な……なに言って」
「ソイツも連れてきたら新薬投与の実験体になるからな!! 良かったなお前らは一生飼い殺しなんだよ!!」
_______________あ。
頭の中で何かが弾け飛んだ瞬間、繋がれていた筈の手枷が、鎖が勢いよく弾け飛び、私の両手は男の首を掴んでいた。
「ん!!? んーーーーーー!!?」
言葉にならない叫びを漏らす男だが、もう私の中で爆発したナニカを抑えることはできない。
だから私は、
「……てやる」
最後に残ったギリギリの理性を、感情を、
「…………ろしてやる!!」
言語化し咆哮という形で爆発させたのだ。
「透になにかしてみろ!!! お前ら全員皆殺しにしてやる!!!!!!」
____瞬間、男の首から不快な音が鳴り、私は駆け出し施設の者達を蹂躙した。
◆
かなり懐かしい記憶だがそれはもう過去のこと、現在の私は無事青空の下に立ち自分の足で歩み始める。
結論としてあの施設で私以外の生き残りは十人にも満たなかった。
そして、その生き残りの中で唯一人外的な腕力と頑丈性を手に入れてしまった私は助けに来てくれた国の研究機関で色々調べ、数々の試験を乗り越えてこの街に戻ることができたのだ。
「じゃあ大丈夫? 一人で行ける?」
施設から解放されてからの数年間を見守ってくれた本当に親切な方、そんなお母さん的な方に私は告げる。
「はい! これからは一人で行けます! 本当にありがとうございました!!」
「本当に大丈夫?」
「どうしても逢いたい大切な人がいるんです!!」
「……そっか」
じゃあ頑張って来なさい、と私の背中を叩き最後の喝を入れてくれた彼女は僅かに瞳を潤ませながら振り返らずに去っていく。
「……本当にありがとうございました」
届いてなくとも最後の感謝の言葉。
人生を奪われ拘束され、ようやく解放された私達は国から莫大な支援をして貰った。
正直これからの人生遊んで暮らしても困らない……けれどそんな事より重要なことが私にはある。
「変じゃないかな?」
過度なストレスを受けて白くなってしまった髪を弄りながら学校の坂を登っていく。
「いや透なら大丈夫……こんなことで嫌いにはならない筈……だよね?」
独り言が口から自然と溢れる。これは過度な緊張によるものだ仕方がないこと。
もっと早く会いたかったが検査や一般教養など色々なことをしていたら多少なりとも月日が経ってしまった。
「そして今日から一年生!」
嬉しい。何が嬉しい?
それはもちろん学校に通えること____ではなく”透と同じ学校で透の後輩になれるから”これに尽きる。
実際問題私の方が透より歳上ではあるが、透はやたらと学校の歳下後輩にデレデレしていた。あれは許さない思い返しただけで壁を殴りたくなってしまう。抑えよう抑えよう……。
全く私というものがいながら浮気とは……
そんなこんなで私の中で分析したところ透は、歳下好きで、後輩には甘々なものだと判断したのだ。
「さすが私だね」
自信満々に学校へと入り、手続きの為に職員室へと歩いていると、
「え!!?」
とある男子生徒の後ろ姿、成長しているが忘れるわけがない。立ち振る舞いで、雰囲気で、匂いで、そう判断できる。
間違いない! 透だ!!
気付いた頃には私は駆け出していた。
「と……違う……せ、先輩!!!」
「ん? お、どうした後輩?」
「ッ〜〜〜〜!!!!」
久々に聞く声だが、成長して声は低くなったがやはり変わらない。大好きな人の声。
五臓六腑に染み渡る……。
「って、その白髪凄いな……染めてるのか? 高校で? 厳つくね? 高校デビューかな?」
「え、あ、これ地毛なんです……」
「地毛!? お、おー凄いなあれかな? アルビノってやつかな? あ、下手に聞くのは良くないか」
「……に、似合いませんか?」
「いや最高」
「はうっ!!!」
もうこれだけで生きてて良かった……(昇天)
「って鼻血鼻血!! 大丈夫かよ!?」
「あ、すいません。幸せ過剰摂取による鼻血です」
「いや斬新すぎる鼻血じゃない??」
楽しい……もう幸せ過ぎて今死んでもいい。
幸せを噛み締めていると、透は思い出した様に語る。
「そういえば名前がまだだったな。俺は”
「ッ!!?」
ついに来た! 過去に言えずに後悔したこと!
存在しなかった名前をいつか透に伝えたいからこそ、悩みに悩んで捻り出した私の名前。
それがようやく告げられる。
____次こそは海に行って、待ち望んだ景色を貴方と共に観に行きたい。
だから私はこの名前を貴方に伝えたいんだ。
「私は”
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