おまけ③ 過去話


 ある夏の日の思い出____




「なぁ今日は何処行く?」


 俺は退屈に痺れを切らし女の子に提案してみる。学校のプールに忍び込んでから一週間ほどが経ち、夜に遊ぶことが多くなった俺達だが、やはり健全な子供だった俺は折角の夏休みを満喫したい気持ちで溢れていた。


「アンタ本当に体力馬鹿ね」


 前より会話をしてくれるようになった彼女だが、態度は相変わらず良くはない。でも舌打ちをされないだけ嬉しい。


 お互いにソファで寛ぎ、ボーッとテレビを眺めていると彼女から告げられた言葉に笑顔で応える。


「まぁな! なんて言っても俺は学校一体力あるし、かけっこも一番早いからな!! 体力には自信があるぞ!」

「馬鹿にしたの気付かなかったの?」


 益々救いようがないわね、と吐き捨てる彼女だが、何処かその態度は少し嬉しそうに感じた。ここ数日で彼女とはだいぶ打ち解けたようだ。


「昨日は学校の校庭でキャッチボール、一昨日は肝試しをしたじゃない。他に何処行きたいのよ」

「どっちも夜限定だぞ!! 偶には昼間に外へ行きたいんだよ!! 今は夏休みなんだから色々なことがしたいんだ!!」

「そんなもんなの?」

「ていうか夏休みなのはお互いにそうだろ?」

「……そうね」


 何が悪かったのかそれ以降の彼女の相槌は素っ気なくなってしまった。先程のどこかの言動が原因で怒ってしまったのか謝っていると、


「そういえば俺だけじゃなくてお前は行きたい場所ないのかよ?」

「私?」


 彼女は俺の発した一言に興味を示し、しばらく考えてから静かに呟く。


「……海に行きたい」

「え、海? 行ったことないのか?」

「ないわね」

「へー?」


 シンプルに驚いてしまった。

 この町にいれば水族館だったり、少し離れた場所なら色々な遊べる場所がある。海もその一つだ。

 その一通りのことができるこの町にいて海が初だったとは……


 そう僅かに疑問を感じたが、彼女はその答えをすぐにくれた。


「私、この町の生まれでもないし住んでもないから」

「あ、そうだったのか」


 よくよく考えてみれば彼女と会った時の状況を考えればもっと疑問に思えることがあったが、残念ながらこの頃の俺はそこまで利口な脳みそは持ち合わせていなかった。

 だからシンプルに思った事を告げたのだ。


「じゃあさ! 今から海に行こうぜ!!」

「今から?」

「そうだ! 普段は夜に遊ぶけど夜の海は危ないだろ?」

「だから今から行こうって訳?」

「その通り!!」

「でも……」


 迷い困っている彼女だが、幼い俺には気を効かせるとか空気を読むとかそんなことはできなかった。

 親友の心太郎が熱で体調を壊して寝込んでしまい、さらに友達の真白が家庭の都合で出掛けていることで俺のフラストレーションは限界を超えていたんだと思う。


 だからこの時の俺には彼女の悩んでる様子が全く分からず、


「頼む! 俺もっとお前と遊びたいんだよ!」

「……」

「海見たいだろ?」

「……分かったわ」

「やった!! じゃあ行こうぜ! すぐ行こう!!」

「……そうね」


 不安そうな彼女に気付けず俺達は昼間に海を目指して出発した。




「熱いわね」

「そうか? 夏なんだからこんなもんだろ?」

「そ、そうなのね知らなかったわ」


 知らない? どういうこと?

 

「私外に出たこと殆どなかったのよ。だから新鮮なの」

「へー珍しいな。あれか? 家庭の事情的なやつか?」

「……そんなとこね」

「ふーん?」


 今時珍しい家庭もあるんだな、と一人納得しているとまたしても疑問が降りてきた。


「あれそういえばお前って何歳なんだ?」

「なによいきなり」

「あーいやちょっとした疑問だよ。やけに大人っぽいから何年生なのかなって」

「学校行ったことない」

「え!? 良いなそれ羨ましい!!」


 良いなそれは流石に羨ましい。世の学生達は皆憧れるだろそれ。


「歳は多分……十歳」

「まさかの歳上か」


 大人っぽいと思ってはいたけれどまさか歳上とは……、


「これからは敬語とか使った方が良いのだろうか?」

「馬鹿じゃないの? 普通で良いわよ」

「あ、なら良かった!」

「ほんといい性格してるわねアンタ」


 呆れてため息を溢す彼女、そんな彼女と雑談を交わしながら海に向かう。

 その道中に学校の後輩の女子に会ったり、クラスメイトの奴と会ったりしながらもなんとか海の方まで後少しという所までやって来た。


「もうすぐ着くぞ!!」

「そうね」


 テンション低いな、もっと喜んでも良いじゃないか?


「本当に来れると思わなかったなら……実感がね」

「そんなもんか?」


 なら実際の海を見たらどんな反応をするだろうか、と俺は少し驚かしたい気持ちと共に、この日が良い記憶になって欲しいと思い、近くにあったコンビニを指差す。


「俺ちょっと買い物してくる! 喉乾いたりしただろ? なんか買ってくるから待っててくれよ!」


 そう告げると彼女は優しく微笑んだ。


「早く戻って来てね」


 おう待っててくれよ、と走ってコンビニに入り、飲み物と軽い食べ物を籠に入れると最後にこの時期にしか売っていない物を手に取った。

 

「夏と言えば花火だろ!」


 実に安直だが”日本の夏といえば花火”という考えが俺にはあり、これなら彼女も喜んでくれると思ったのだ。


「来週くらいになったら神社で祭りもあるし、その時は心太郎と真白も誘って行きたいな! そしたらアイツらに俺の新しい友達を紹介しよう!!」


 皆で遊びたい。常に退屈そうな彼女と、体調を壊してしまった心太郎の為にも良い夏にしてあげたい。

 そんな密かな計画を立てて会計を済ませ、コンビニを出ると、


「お待たせ悪い遅くなった____あれ??」




 彼女は姿を消していた。


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