個別ルート102 杏理♡⑥







「……」


 電源を切り暗くなったスマホの画面を眺め、私はソッとため息を溢す。

 少し前に雨上と連絡をした後、僅かだった電池が切れてしまった。こうなると文明の力であるスマホもただの割れやすい板でしかない。


「来るわけないじゃない……」


 さっきは気がついたらつい言ってしまったが、雨上が来てくれるはずがないのだ。

 先程の電話での彼の声はどこかいつもと違った。私の予想では何かしらあったとしか思えない。


 とはいえ、


「痛……」


 私の今の状況も良くないのが現状。


 奴と遭遇したのは体育祭をしたあの日、皆との打ち上げに行く約束をして家を出た時に襲撃され、突然ではあったがなんとか放たれた弾丸を避けることはできたが、接近戦に対応出来ずに片手片足を負傷してしまった。

 足はともかくだが、おそらく腕の方は折れているだろう。


 奴から逃げることはできたけれど一向に怪我は良くならない。むしろ悪化している。

 私が現在いる場所は町から少し離れた所にあった今は使われていない倉庫、町から離れているのもあってか奴から逃げ隠れた日から誰も来ない。というか人の気配がまるで無い場所だ。

 私でも知らなかったのだ土地勘の無い奴が探すのは困難だろう。


「でも……いつまでもここに隠れてちゃいけないわね」


 怪我の治りを考えて病院へ行かないといけないのもあるし、学校にも行きたい、そしてなによりも、




 皆にまた会いたい。




「いい加減奴と決着をつけないと」


 いつまでもこのままではいられない。奴が私の命を狙っている限り日常生活には戻れないだろう。ならばやるしかない。

 力の入らない身体に鞭を打ち歯を食いしばり立ち上がったが、足に激痛が走りへたりこんでしまった。


 情けない。元とはいえこれでも一流の殺し屋だったというのに……、


「そうね……もう少しだけ休もうかしら……」


 ここ最近は痛みと緊張感から殆ど寝れていない。ここは少しだけ休んでから行動するとしよう。


 私は静かに目を閉じた。



 懐かしい夢を見た。それは私がまだ子供の頃の夢。


 両親がまだ生きていた頃、共に買い物に行った時のことだ。

 普段仕事で忙しくて滅多に一緒にいられない両親と出掛けられたことが嬉し過ぎてはしゃいでしまった私は迷子になってしまった。


「母様……父様……何処にいるの?」


 治安の良い国とはいえ、人通りの少ない場所で座り込み涙を浮かべていた小さな頃の私はかなり危ない状況だっただろうが、それもしょうがないことだったのだ。

 両親を探している最中に転んで怪我をしてしまったことで、子供の頃の私にも我慢の限界が来てしまった。

 

 溢れる涙が止まらず、不安な気持ちが膨れ上がる。

 子供とは極端なもので、この時の私はもう両親に一生会えないかもしれないと思い絶望していた。


 もう駄目だ、とそう思った時、


「なんで泣いてんだよ?」

「え……」


 俯き涙を流す私に対し、突然聞こえた男の子の声に顔を上げると、そこには見るからにこの国の子じゃないのが分かる男の子がいた。

 ただ残念ながら先程から話しかけてきてくれているが言葉が全く分からない。発音的に母の母国語に似ていることから母と同郷の者かもしれない。


「あ、あれ……そっか通じないのか……えーとボンジュール?」


 言葉が通じてないのが分かると本を見ながら再度コチラに問いかけてくれた。


「大丈夫か? どうしたんだ?」


 発音は悪いが本で調べながら今度は私に分かる言語で話してくれる男の子の優しさに気を許し、私も泣きながら問いに応える。


「父様母様とはぐれちゃったの……」

「え、えーと……あ、あれか両親と離れたのか」


 だったら、となんとかコチラの意図を本を見ながら理解してくれた男の子は私に手を伸ばし言った。


「泣くなよ。折角可愛いのに台無しだぞ?」

「?」


 彼はまた私の分からない言葉で何かを言った。意味は分からないがその言葉に悪意が感じられないのを感じ取り、私は男の子の手を掴み人通りの多い場所へと向かう。

 そこで両親と再会できた私は感謝を伝え、最後に男の子へと伝えた。


「私は”杏理”って言うの! あなたの名前は?」

「え、えっと……お、俺? あ、名前か」


 男の子は私の言葉を理解すると笑顔で言う。






「俺の名前は____」






 ……

 …………

 ………………


 私の意識はそこで覚醒し、ゆっくり目を開けると目尻から涙が溢れ始めた。


 忘れていた記憶……。

 そうだった。私はあの時に名前を聞いたんだ……ようやく思い出した。


「やっぱりアンタだったじゃないの……透の馬鹿……」

「俺がどうかしたか杏理?」

「え」


 突然聞こえた聞き覚えのある声の発信源をゆっくり確認すると、そこには会いたい彼が一人。


「待ったか杏理、迎えに来たぞ」

「なんで来てくれたのよ……馬鹿……」


 下手したら私よりもボロボロな格好なのに私の涙をソッと拭いて透は優しく告げる。


「杏理が”会いたい”って言ってくれたからな」


 それだけで?


「大切な人が俺を求めてくれたんだぞ? それ以上の理由がいるか?」

「……本当に透は馬鹿ね」

「褒め言葉として受け取っておくな」


 どこが褒めてんのよ馬鹿……。




 私は遂にあの子と再会した。


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