第300話 最後の仲間

アーク歴1510年 弐の月


大魔王城


人間界に特攻を仕掛けて失敗して、それから約1か月が過ぎたある日の事。

変わった奴が大魔王城に尋ねて来た。

グロード、勇者グロードだ。


勇者の中の勇者、この時代で最強の勇者と名高いグロードが一人で大魔王城へ来たのだ。

奴は敵意は無いことを示すように城門で武器とマジックバッグを預けたらしい。

おい、聖剣を預けられた兵がかわいそうじゃないか。

アレは普通の魔族が触ると焼けただれるんだぞ…やめてやれよ。


「それで、今回はどういう事だ?」


執務室のテーブルを挟んで相対する。

玉座の間にしようって周りは言ってたが、あそこに座る気は起きないんだな。


俺の護衛にはガクさんとウルグエアルさん、それと飛龍隊のギロンヌ殿がついている。

…本来ならマークスやロッソがこの位置に居たんだろう。

一抹の寂しさを感じてしまう。


「戦いに来たわけではない。少し話を聞いてほしいのだ」

「ああ。それは分かる。俺は心配してないから…でも彼らの気持ちも分かってほしい」



敵意を隠さない護衛の3人。

グロードは最強の勇者だ。

俺自身は顔見知りだし、すでに剣を預かっている。

勇者が3倍だと言っても今や俺とは実力的にも恐らく大差ない。不意を突いたところで素手で一撃で暗殺は厳しいだろう。

回復魔法のあるこの世界ならなおさらだ。


だが、そうとは言っても護衛としては安心できるものではないだろう。


「分かっている。俺とて逆の立場ならこんな怪しい奴は斬り捨ててもいいかと思うだろう。」

「ハハ…そこまではやらんがな。で?」

「先の襲撃はお前さんだろう?」

「そうだ。その後どうなったか知っているか?」

「俺の口から言うのも憚られるが…マークス殿と言うのだろう?彼は300名いる聖騎士団を壊滅させたらしい。」

「ほう」


少し顔が綻んだのを感じる。

マークスめ、やはりタダでは死なんか。


「死に損ないだと思って舐めた奴をあっさり殺した後、散々に暴れてあそこに居た聖騎士団員は全滅だってよ。で、誰も近寄れなくなって1刻程そのまま。下っ端が恐々近寄ると本人は立ったまま死んでいたらしい」

「立往生か。やりおる。さすがマークスだ。タダでは死なんな」


少し胸がスッとした。

護衛の3人も誇らし気だ。


「それで…ジジイはどうだったか知っているか?」

「爺とは…ああ、ユグドラシル王か。そちらは俺も遠目に見た。俺が駆け付けてすぐ決着になったようだが…教皇と互角の消耗戦を演じ、教皇にも傷を負わせたようだ。」

「ほう。ジジイもやるな」


あの不死身染みた耐久力に一撃で殺されそうな即死ビームを使うバケモンを相手に消耗戦か。

ジジイやりおるな。と謎の上から目線で感心する。


「教皇の傷が今どうなっているかは分からん。それと数名の枢機卿や教会の重鎮たちが交代になった。まあ、枢機卿共は死んだのだろう。あちらはかなり混乱しているからしばらく魔界に侵攻などできまい」

「それは良い報せだ」


少なくとも二人のジジイは無意味な死ではなかった。

進撃を止め、反撃のための時間を稼いでくれたのだ。


「それを知らせるために来たのか?」

「…そうではない。俺を…」

「ん?」

「俺を、お前の仲間に入れて欲しい。正直、教会の連中にはついていけないのだ」

「…マジで?」


お前、マジで言ってんの?である。

コイツとは何度か戦ったし、強敵だったと思う。

最初の邂逅の時はとても手に負えなかった。


慣れないグリフォンだったから、こすい手を俺が使ったから…と言い訳を付けて何とか引き分けられるような状況だった。有り体に言えば遊ばれていたところを何とか逃げ出したのだ。


「お前のやったことは見てたよ。捕虜に穴掘らせたときはまさか自分で掘った穴に生き埋めにする気じゃないかと思ったが…」

「するわけねーだろ!俺は鬼か!」


まあウチの親父は鬼だし俺は鬼の子だ。

概ね鬼だな。


「ああ。供養の様子も見てた。敵の扱いとしちゃ最良だったと思うぜ。良くあれだけ自分の領を荒らした奴らを丁寧に葬るもんだと思ってた。それに比べて」

「…比べて?」


グロードは息をのんだ。

言いづらい事を言おうとしているのだ。

何となくわかる。教皇が自ら好んで魔族をいたぶっているのだ。

いわんや配下をや、である。


「きょ…教会の連中は、捕虜にしたり捕らえた魔族や混血の者たちを、その…」

「分かった。言いにくい事を言わせたな。俺も教皇の私室を見た。ヒデエもんだったよ」

「ヒデエもん?とは何だ?」


ガクさんがこちらをジッと見る。

あー、あんまり言いたくない。


思わずグロードの方をチラッと見るが、アイツも言いたくなさそう。

まあ分かる。ガクさん怒ってて怖いんだもん。


「女の魔族…だったと思う。翼は無かったが角はあった。年は分からん。子供じゃなかったと思うがな」

「それが?」


大体内容は分かっているのだろう。

ガクさんは怒りに震えている。

ふと見れば執務室の床にボコボコと土や石が実体化している。怒りのあまり魔力が制御できていないのだ。


「俺もはっきり見ていないが、随分と拷問した後で…まあ嬲り殺しにされたようだ。死んでから刻んだのかもしれんが…ガクさん、少し抑えて」

「うぬ…すまぬ」


ガクさんの身体からますます泡立つように魔力が立ち昇り、俺を押す。

近くに立っているウルグエアルさんもギロンヌ殿も圧におされて必死に耐えていると言った感じだ。

ガクさんの魔力は物質化して土の塊を産むので…なんというか、圧が凄いんだよな。押される。


「まあそういう事だろう?グロード」

「そうだ。俺自身はおそらく純粋な人族だと思うが…」

「そうっぽいけどな。で?」

「妻がな、混血なんだよ。勿論子供もだ」

「……ああ」


予想できた答えだ。

勇者はほぼ純粋な人族に与えられるギフトであり、魔王は称号ではあるがほぼ魔族である。

本人の問題でないとすれば家族が、恐らくひどい目にあうのだろう。もしくはもう遭ったか、だ。


「一緒に冒険した仲間の一人でな…その、な…」

「ああ、大体わかる。お前もその、お前の妻も何一つ悪い訳じゃない。勿論子供もだ」

「…ああ。俺だって魔界を攻める軍に居たのだ。なのに、お前にこんな事を言って…すまん。済まないなんて言葉では済まないのは分かるのだが…すまない、申し訳ない。この通りだ」

「良いんだ。良いんだよ…俺だってあんなに酷いとは思わなかった。精々が食い物を奪われ、枯れ地に追い込まれる程度かと…」



グロードは床に土下座をしながら告白する。

悔いているのだろう。

コイツが見た魔族の末路は己の妻と子の末路でもあるのだ。

それなのに教会の連中の口車に乗って魔界に侵攻して…


はあ。

まあ済んだことは仕方ない事だ。


「…それで、つまりグロードは脅されて『種』を盗られたのか」

「何でもお見通しなのだな。妻子を殺すと脅されて『種』を渡した。なに、あってもどうせ使えないモノだ…と思っていたのだがな。俺のせいであんな恐ろしいものを呼んでしまったかと思うと」

「お前、あそこで見たんだったな…」

「俺が現場に着いたのはほとんど終わった後だったがな。マークス殿が立ち往生しているのを確認された後、丸1日ほど両者は戦っていたようだ。ボロボロの両者がいて、最後にユグドラシル王は砂のように崩れて、風で飛んでいたよ。教皇は…化け物のようにあたりに魔力をまき散らしながら味方を殺して貪り食っていた。そこらにいたお偉いさんたちが逃げ惑うかと思えば、喜んで食われていたのが気持ち悪かった」

「…そうか。」


後半の話は何とも言えんが、俺としてはジジイの遺体が酷い目に合ってないならいい。

風になって飛んだなら…まあ好きなところに落ち着くだろう。ジジイらしいとも言える。


「マークスの遺体はどうなったか分かるか?」

「俺が埋葬した。その、怖がって誰も触らなかったのでな。余計な事だったか?」

「いや、ありがとう。おかしな言い方だが、お前に埋めてもらったなら満足だろう。そのうち…そのうち墓に連れて行ってほしい」

「ああ、それは任せてくれ」


マークスは魔族の武人らしく、強者と戦う事が楽しみだった。

人間界最強の勇者と…まあ戦ってはいないが。

彼に埋められたら悪い気はしないだろう。


「…俺は今、師匠が持っていた『種』を預かっている」

「ああ。らしいな。あと一つで揃うらしい。揃うと地上の楽園が手に入るのだと喧伝しているぞ」

「地上の楽園な。胡散臭いことこの上ない…ところで。ユグドラシル王、つまり俺の爺さんが言っていたが、久遠の塔は101層があるらしい。知っているか?」

「101階層だと…?知らん。初めて聞いた。100階層で終了だと思っていたが…」


やや動揺しつつグロードは答えた。

やはりコイツも、人間界でダンジョンを攻略している者たちも知らんか。

大魔王城の古株の官僚に聞いても、図書に聞いても知らなかった。


だが、ジジイは言っていた。たしかにあると。

勿論、ユグドラシルの玉座の裏には言っていた通りの武器もあった。


聖剣だ。

初代勇者・アルスが使っていた剣らしい。

彼が認めた勇者にしか使えないと…リリーに使ってもらおうかと思っていたが、コイツに押し付けてもいいな。


「ユグドラシルに行って確認したが、確かにジジイの遺言通りに文書があった。この剣の持ち主であった初代勇者がこの階層を攻略し、その力をもって魔族を平定したらしい…眉唾だとは思うが、俺はこれに縋ってみようと思う」


そう言ってグロードに聖剣を見せる。

そういや俺はエルフ成分が多いのか、魔族が触ると焼け爛れるはずの聖剣を触っても平気だ。うーむ?

だが、グロードはそれどころじゃないらしい。剣を見てプルプルしている。


「これは…この聖剣は!?」

「ついてはグロード、お前にも手伝ってもらおう。単独で80層は攻略したのだろう?」

「あ、ああ…何故知っている」

「いや何となく、そんな気がしただけだ。」


コイツも何か大切なモノを喪って強くなった、んじゃないか?

と、ふと思っただけだ。詳細は分からんし聞く気も無いがな…


「俺とアシュレイとお前と。ガクさん行ってくれるだろ?」

「勿論。儂は単独で90まで攻略しておるぞ」

「ふえー、流石だな」


なら問題ないな。

むしろ問題があるとすれば…このメンバー、また俺が一番弱いんじゃないか?|

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る