第214話 殺意

アーク歴1506年 壱の月


マークスをリヒタールに置いて、俺はアカに乗ってヴェルケーロに帰る。

飛行中もヒシヒシと嫌な予感がしている。


「アカ、もうちょい急げよ」

「おれもがんばってるぞ」


そうは言っても、あまり頑張っているようには…いやまあ、いつもよりかなり早いか。

俺の気が急いているせいか。


見る風景がそれほど変わっているようには見えないが、まあ元々遠いからな。

徒歩だと1か月、何百キロかは離れているはずだ。

幾ら空を飛んだとは言えそこまで速くはない。


ドラゴンも飛竜も、どうも科学文明の飛び方というのだろうか。

速度によって浮力を、揚力を得るような飛び方とは違うように感じる。

魔力によって浮きながら前に進んでいるという感じだ。


なので言うほどスピードが出てない気がする。

おまけに休憩が必要でちょいちょい地上に降りて水を飲んだり飯を食べさせたりする必要がある。ジェット機と比べればだいぶ遅いんじゃないかと感じる。

とは言っても障害物のある地上を走る馬なんかとは比較にならないほど速いが。


「あ、あれ師匠じゃないか?」

「それっぽいな」


ヴェルケーロ近く、最後の休憩地点にしようと思っていたポイントで師匠たちがいた。

あちらも飛竜で、少数でヴェルケーロに向かっているようだ。


「師匠!」

「カイト!こちらに来たのか!」

「師匠も…あれ?顔色悪くないですか?」

「う、うむ。少し酔ったかな?」


む、師匠最近は書類仕事ばっかりやってたからな。

車酔い…じゃない。飛竜酔いか?

酔い止めなんて持ってないぞ…


「乗り物酔いか何かですか?大丈夫ですか?」

「うーん。恐らくそうだな…まあ問題ない。ところでリヒタールの方はどうなった?」

「あちらは落ち着いています。ですが…」


俺は今までの状況を説明した。

勿論アカに水とエサをやりながらだけど、師匠はそんな事は当然だと思っているから怒らない。


最初攻めてきた時は、概ね互角の様相だった。

敵には勇者がいた。アレにはだいぶ梃子摺りそう。

大砲を設置したり花火を作ったり、防衛に役立つ物は置いて来た事、などを説明した。


「で、なんか変だなと思ってマークスを様子見に行かせたらこうなってたという事です」

「そうか…我らの方には傷だらけの竜騎士がきた。ヴェルケーロが襲われているからとな。あれはお前の所の牧童ではなかったかな?」

「何で師匠が飛竜牧場のことまで知ってるんですか?」

「マークスに頼まれて私が手配したからだ。お前はあんまり興味なさそうだと奴は言っていたが?」

「牧場が出来たことすら知りませんでしたよ」

「おれはしってたぞ」


なんでやねん。

何で部下はともかくアカ乗り物まで知ってるのに俺は知らなかったんだ。


「お前も忙しそうにしていた時期だったからな…まあマークスを悪く言うなよ。奴ほどの執事はそういないぞ」

「まあそう思います」


あいつ内政90くらいあるって絶対。

領地の経営は俺はなーんもしなくても右肩上がり。

この世界にヴェルケーロ株があったら持ってるだけで何倍も儲かる。握力弱い奴が泣くパターンだ。

と思ったけど戦争になったしガクッと下がったな。今が買い時か?






師匠たちと合流して、共にヴェルケーロを目指す。

ここからもうふた山くらい越えれば麓の村が見えるはず。

避難民らしき者たちは見えない。

それと、敵軍らしき者も見えない。こちらは良い情報だ。

そう思っていたのだが。

「煙が…!」


山を一つ過ぎた所でヴェルケーロの方角から煙が上がっている。


「アカ!いそげ!」

「やってる!」


言いつつぎゅんと速度を上げるアカ。

チラリと後ろを見たが師匠たちはついてくるのに必死である。


「先に行きます!」

「…な!…て!」


油断するな!撃て!かな?

いくらアカでもまだ遠いって。


遠目荷駄が街の全貌は見えてきた。

まだ暗い中だが、外壁はすでに突破され、内壁に張り付いている敵兵が見える。

そして、炎が上がっているのも見える。


だが、炎に照らされるのは街ではない。

内壁の門だ。門に火をつけられたか。


城門と言っていいのか、街の入り口には大きな門がある。

ロッソ達巨人族も楽々くぐれるようにしたら大きくなった。

それだけの理由なのだが、俺からすれば圧倒されるような大きさの門だ。


その門は木製だが燃えにくいように圧縮して、塗料も土魔法と水魔法を使って燃えにくい物を作ったとマークスが言っていた。その門に火が付けられているようだ。


さらに近づくと、門の前後では敵味方が入り乱れた戦いになっている様子が見える。


「アカ!ブレス撃ちこめ!あっち!」

「おう!」


ドガンと敵軍中央に向けてブレスを撃つ。

そして城門のすぐ内側に着地した俺が見た物は、血塗れで泣くアフェリスと、そのアフェリスに頭を抱えられ、横たわるロッソの姿だった。


「…ロッソ!嘘だろ!?」

「ろっそ!?」


ロッソは横たわり、すでに息をしていなかった。

周囲には夥しい数の人族の死骸、それに街の住人たちも。


「アフェリス、ロッソは?」

「さっき、…った…カイト、動かないの、ロッソさんが。」

「嘘、だろ?」


嘘だ。

ロッソは、強くて。大きくって。

俺なんかじゃまだまだ敵わなくて。いつか追い越してやるって…嘘だ…


「小僧遅かったな!もはや城門も役には立たぬ。貴様の領地も、汚らしい魔族どもも、すべて儂が頂いてやろう」

「…あ?」

「者共かかれ!あのデカブツはもうゴミになったぞ…さあ、残りを平らげろ!ヴァルクトゥルス!貴様ももう治ったろう。行け。少しは役に立て!」

「おう!あのデケエのがいなくなりゃコッチのモンだ!行くぞおめえら!」

「「「おおおおお」」」


兵が迫る。

立派な鎧を着けた者、襤褸を纏い、目だけがギラギラしている者、やたら眩しい剣を持った者。

色々いるが…もう何も考えられない。


「デカブツ…?ゴミ…?誰がゴミだって…誰が?ダレがあアァぁァ!」


目の前が黒く染まり…そして次に赤と緑に染まる。

何も考えられない。

何も見えない。


この感覚は…前にもあったような…

もう、なんでもいい。

どうでもいい。


今は只、この衝動に身を任せたい。

この、衝動の、名は…


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