第172話 畏怖
アーク歴1502年 玖の月
大魔王城
「それにしても酷い階層でした。あんなのどうやってソロで攻略するんですか?」
「私は耐寒の指輪に耐寒の護符に、それに鎧も炎狼龍の素材を使ったものに変えていたな…60階層台はモンスターの強さよりいかに地形を攻略するかの戦いになるのでな…」
師匠に愚痴を言う。
やっぱりあそこらへんはソロで攻略するときの大きな障害になるようだ。
勿論パーティーで戦ってる奴らも、60層台だけは経験者に引っ張って貰ったりするんだと。
んで、炎狼龍と言うのは人間界にあるダンジョンのボス産装備で…つまり高い。
アッチの物は手に入らなくはないが、輸送費やら何やかんやでお高いのだ。
ソロで行くときは師匠のをこっそり借りることにしよう。そうしよう。
「ところで、そこの女はお前の新しいパーティーメンバーか?それとも女か?(ビキビキ」
「ち…ち、違いますよ!エルトリッヒの第二王女でシュゲイムの奥さんの妹です!」
「ほう」
師匠の視線が怖い。
そして俺はやってもいない浮気を誤魔化しているような気分になる。
もし本当にそうだったらわざわざ師匠の所に連れてきたりするわけないでしょ!?
「リリーは俺とは別行動で、領民たちとパーティーを組んでいるんです。ヴェルケーロダンジョンはもう余裕っぽいので今後は魔王城周辺のダンジョンにも潜ることがあるかと思って挨拶させに来ました」
「リリー・エルトリッヒと申します!お久しぶりでございます!」
「ああ、避難民にそう言えば魔眼持ちの王女がいたな…。ふむ。それにしても、人間の勇者を魔王城の最奥に連れて来るとは…貴様も良い度胸をしているものだ」
「あ…そういやそうだった」
すっかり忘れていた。
師匠は今大魔王様ポジションで、リリーは人間の勇者だったわけだ。
忘れてたって顔の俺を師匠も呆れ顔で見ている。
リリーとシュゲイムと、それにベロザと他数名の領民たちはダンジョンに
なんと言ってもリリーが近場のヴェルケーロダンジョンを周回しても水龍装備がダブついて値下がりするだけで俺にとっておいしい事は何一つないからな。
んで、出稼ぎで稼いだお金をどうするのか聞いたら領地に居る姉ことシュゲイムの奥さんが差配するらしい。領民のための学校や食料品、それからエルトリッヒの現状を調査するための資金になるらしい。
割と真っ当な使い方で安心した。
まともな名目で使ってると思いきやいっぱい中抜きが入ってる。…なんて事もあるから何とも言えんが。
…まあどこぞの国じゃあるまいしそんな事はしないだろう。
というわけで、まあぶっちゃけると冬の間する事がない領民たちが出稼ぎに来ているわけだ。で、折角大魔王城の近くにいるんだからって事で師匠にこんちわって挨拶に来たのだ。
師匠はちょくちょくヴェルケーロに遊びに来てるし、何なら昔はずっと住んでた。だから久しぶりに顔見るくらいいいかな~と思ったんだけど…そういえばリリーは勇者だった。
ちょっとまずかったか??
今、この二人が戦ったらどうなるか。
うーん、今ならまだ師匠が勝つとは思うけどなあ。
「で、どういう事なのだ?」
「ま、まあ今ならまだ師匠が」
「『今なら?』『まだ?』何だと言うのだ?」
「アッ、いえ何でもないです。その、ウチの領民久しぶりに連れて来たよ!この辺でしばらく修行するから目をかけてあげてねって師匠に紹介したかっただけで!」
今なら、まだ…という事は逆にいうと師匠がそのうち負けるという事だ。
こめかみをヒクヒクさせながらこちらを見る師匠。
めちゃくちゃ負けず嫌いだからな…
「でもまあ勇者は対魔族戦だけ3倍増しの強さなんだから負けてもしょうがないと思います。俺なんて3倍にならなくても負けそうだしね。ハハハ」
「カイトはよわいからな~」
「お前はもっと精進しろ」
「ハイ」
情けない発言だとは思うが、俺はまだまだ弱い。
魔眼持ちで勇者でギフトもモリモリのリリーと俺とじゃ話にならんだろう。
魔族特攻で3倍のになるってとんでもない性能差をなくしたとしても、それでもいい勝負なんじゃないか。
リリーは強さが3倍になると計算するなら師匠にも勝ってしまえるかもしれん。
師匠は大魔王様亡き魔界では3人の魔王とほぼ同ランク、つまり最強クラスらしい。
という事は魔界でも、人間界でもほぼ最強なんじゃないか?このリリーさんは。
ってな状況を分かっていて苦笑いするシュゲイムと、良く解らないからポカンとしているリリーとヴェルケーロから来たベロザたち。
頭に『?』マークを浮かべている領民たちはともかく、魔王城の内部は密かに緊張感に満ちている。
そのくらい人間の勇者は“怖い”のだ。
魔族にとっては…
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