第42話 王の証
アーク歴1498年 壱の月
リヒタール領 領主館
「…さま、カイト様」
「んあ?ふえ?」
「もし…起きてください…」
目を開けるが何も見えない。
なんじゃい、まだ夜中やんけ!
日本だとよほどの田舎じゃなければ夜でも外は街頭で明るいが、こっちの世界は考えられないほど夜が暗い。暗いというより闇が濃いといった風情で…月の出てない夜は真っ暗になる。
幸いにも今日は大月と小月の2つとも出ていてそこそこ明るい日だ。
「…うーん?まだ夜だぞ?」
「カイト様、我ら身命を賭して魔王様にお仕えする所存であります」
「魔王様…?アシュレイは死んじまったぞ…」
ボンヤリとした頭のままベッドの上に身を起こす。
ああ、そう言えばアシュレイは死んでしまったのだ。
なんと言うか…最初は『こいつにコバンザメしよーっと』なんて思っていたが、あいつは本当にいい奴だった。おかげで自然と俺も惹かれていったのだ。
あいつとなら一緒に暮らすことも共に天下を目指すことも楽しかっただろうに…
「はあ…何で死んでしもうたんや…」
「カイト様…お労しや…」
そっと差し出してくれるハンカチで目から出る汗をぬぐう。
あれ、このハンカチの匂いって…
「んん?マリア??」
「はい。先ほどぶりですね、若様」
「若はやめろって…つーかそうか。ふむふむ」
マリアは俺の生まれた時からそばにいるメイドで、ある意味育ての母のようなものだ。
そしてマリアの後ろには膝をついた複数人の気配がある。
昼の事を思い出す。
俺は酒場に言って、ここリヒタールに昔から居る忍びの者たちに繋ぎをとったのだ。
甲賀とか伊賀とか風魔とか?戸隠とか黒脛巾組…はまたちょっと違うか。
まあそういう奴らの所謂忍び宿に真正面から乗り込んだわけだ。
「若様が自ら『酒場』を尋ねられたと聞いた時は驚きました」
「うん。まあな。ところで親父はマリアがそっちの人間だと知って雇っていたのか?」
「いえ、私を雇ったのは若様のお母さまのアンスリーネ様で御座います。アンスリーネ様が今際の際に私に若様の事を頼むと…」
「そうか…母上が…」
俺はまーったく覚えてないが、俺の母は俺を生んですぐに亡くなった。
母は元々エルフの国の王族の生まれだった。
アシュレイの母ちゃんとは姉妹になるのだが…美人だったみたいだが全く記憶にない。
なんと言うかもったいない。
いや、今それはいいか。
「マリアが頭領か?」
「そうではありません。頭領はこちらに」
「そうか。すまんが俺はよく見えない。マリア、灯りを」
「はい」
燭台の灯りに照らされたところには膝をつく一人の男が。
気配がなかったから全く分からなかった。こんなに居たのか。
手引きがあったとはいえ、マークスやロッソといった武人たちにも気取られた様子もない。
もし不審者がいたら、彼らはまさに鬼のように大暴れをしているだろう。
見事な手前である。
「お初にお目にかかる。死火衆の頭領、カラッゾと申す」
「カイト・リヒタールだ。よろしく頼む」
「私の父ですの。うふふ」
「そうなのか、それは…いつもマリアさんにはお世話になってます?」
「こちらこそ、娘が迷惑をかけていないか心配で」
二人して苦笑いだ。
「もう、お父さんも坊ちゃんもそんな話をしに来たわけではないでしょう?」
「そうだったな…すまん」
「いえ、こちらこそ申し訳ない」
「仕事の話にしよう。今回の件だ」
「はい、お父上の事はまことにお気の毒で御座いました」
「その事だ。お前らの情報網には犯人が誰か入って来たか?」
「いえ。実際に毒を入れた者は兎も角、毒殺を指示したものはよほど巧妙に隠してあるようで…申し訳ありませぬ」
「ふむ…」
「魔族ではないかもしれません。当代のアークトゥルス魔王様は魔族内での人気も高く…他の魔王様方とも仲が良かった様子。それに原因となった毒も見慣れぬものでございました」
…そうか。
魔族の出世争いから起こるべくして起こったことかと思っていたが、そうじゃない可能性もあるか。
考えてみりゃそうか。
今は平和だが、ここは最前線の街だ。
そこに武闘派の領主がいて、魔王の一人と親戚なわけで。
まー、攻めようとするものがいれば邪魔なことこの上ない。
内輪の争いとは限らんわけだな。当然の話ではある。ゲームがまだ始まってないからって油断してていいってわけじゃないのだ。
「そうか…ところで俺の状況は何か聞いたか?」
「いえ、まだ何も。大魔王様には気にいられたようですな。それとその痣」
「これか?」
アシュレイを看取ったとき、右手には新しい痣が出来た。
元々、俺の左手にあったものと同じような痣だ。
「ご存知かは分かりませぬが、それは魔王の証ですな。今代で証を2つ持つ者は今の所カイト様だけでしょう」
「…そうか」
あの時の無機質なアナウンスを思い出す。
種が何やらと言っていた、アレだ。
「お前たちはこれが何か知っているか」
「我々の間でも伝承で伝わるだけですが…およそ1500年前、大魔王様が立志なされた際にも同じような痣を持つ者はいたようです。勿論大魔王様もその一人ですが。我々には正統なる王位を争う資格者の証と伝わっています」
「ふむ」
「アンスリーネ様はカイト様を産み落とされた時に気付かれたようです。それで我らに声をかけて頂きました」
「母上は痣の事を知っていたのか…」
エルフの間では伝承が残っていたのかも知れない。
あいつら無駄に長寿だからな。
1500年くらい生きてるクソババアがいてもおかしく…はあるか。
さすがにいくら長生きでも孫世代くらいだろう。
「まあそれはいい。今は直近の話をしたい」
「ハッ」
こいつらは情報屋で暗殺者でもある。
中には危険度の高い暗殺や、城への夜襲や火付けを行う場合もあるが…今はそれを望んでいない。
各地の偵察や行商ついでに珍しいものを持ってきてほしいってくらいだ。
「俺はヴェルケーロに移されることになった。下手をすれば帰ってこれないかも…などとは思っていない。必ずここを取り戻す」
「はい」
「お前らの所で使えそうな奴はよこさなくていい。引退したやつでいいから何人かくれ。あっちで後進を育てる教師役にしたい」
「我らの仕事を教えるのには何年もかかると思いますが」
「分かっている。こちらが集めた子供に物を教える役割だ。文字や算術を教えるついでに向いている奴に諜報を覚えさせるという程度でいい」
何も即席で凄腕のスパイを育成しろって訳じゃない。
たくさん育てて、その中で見込みの有る奴だけちゃんと育成する。
普通の子供たちは普通に育てればいいし、腕っぷしが良い奴はロッソの下に付けてもいい。
頭が良い奴は研究開発でも良いし、軍師になってくれるとすごく助かる。
その下地を作る…まあ小学校のようなものを作りたいのだ。
「まあそれくらいなら出来るでしょう。後日、紹介に連れて参ります」
「頼んだ。それでは人選を頼む。それと…親父と叔父上を毒殺し、アシュレイが死ぬ原因を作った奴は突き止めたい。調査を頼む」
「「ハッ」」
後半部分は特に冷静に、心を落ち着かせて声を出した。
思ったより低い声になってしまったようだが、二人とも声をそろえて返事をしてくれた。彼らも思う所は有るようだ。
それにしても長年仕えていた乳母のようなマリアが実は忍者だった、か。
―――まるで仕組まれた物語のようだ。
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