第2話 ゴミのような威力


アーク歴1490年 捌の月

リヒタール領


「―――ハッ!」


夢を見ていた。

何やら忙しい日常に追われ、そして大きなトラックに轢かれる夢だ。

いや、アレは本当に夢か?現実味がありすぎはしないか?

そして今の俺の現状と照らし合わせると…


「あー…。あ?」


目に映る小さな手、甲高い声。

見慣れた、見慣れない風景。脳内に様々な情報が蘇る。

その蘇った情報をすり合わせると…俺はゲームの登場人物になってしまったようだ。


そう考えるといろいろ理解する。

俺の今の名は『カイト・リヒタール』。現在6歳のバリバリのお子様だ。

そして、カイトと言えば先日までプレイしていたゲーム内で最弱の名を手にしたボンクラ野郎である。


どうも俺は文明と科学の世界から剣と魔法の世界に引っ越してきたようだ。

つまり、流行りの異世界転生をしてしまったのだ。

今やネット小説に限らずアニメでも漫画でもどこを見ても転生である。

そしてその主役はトラック。

さすがトラックさん。

マジぱねえっす。



…トラックさんに敬意を抱くのはこの辺で置いといて。

俺は近い将来、ゲーム開始早々ボコボコにやられないためにもいろいろと努力をしないといけないと気が付いた。


という訳で…


「マークス、何でもいいからお勉強の本出して。ついでに先生やって」

「はい坊ちゃん。偉いですねえ」


というわけで執事のマークスに字の読み方から習う。計算は大丈夫。大丈夫のはずだ。

5+3=8、8×8ハッパ=64。よし。

I am a pen よし、英語もOKだ!?


しかしこっちの言葉は分かるが、文字はさっぱり読めない。

俺が転生したカイトはボンクラ野郎の名をほしいままにする男。

6歳になっても字が読めるわけがないのだ。

こりゃ先が思いやられるわ。


がんばろ。







アーク歴1492年 捌の月

アークトゥルス魔王城



転生してから2年たった。

2年間必死の詰込み学習は俺を文盲から博士に押し上げる…まではいかない。

さすがにね。

そこらの天才児くらいのものだ。エッヘン?


言うてあくまで8才児並みの天才である。割り算が出来れば凄いと褒められるのだ。

日本で働いてたってのに四則演算くらい出来ないと恥ずかしいだろうが。



しかし流行りの異世界転生をしたのはまあ良い。…いや良くないけどまあ仕方ない。だがしかしその対象がカイトか。


最強待ったなしの主人公、秀麗ことアシュレイ・アークトゥルス様ではなく、最弱でボンクラ、馬鹿こと(バ)カイトになってしまうとは。

だめだ、オワタ。


…と思ったが良い事もある。

カイトとアシュレイとは従姉弟同士で親も超仲良しだ。


つまり、俺は超優秀で最強のアシュレイに引っ付いていれば将来的には出世からのウハウハ間違いなしなのだ。

おまけにアシュレイはめちゃめちゃ美人になる。

こちらは違った意味で将来が大変楽しみなのだ。げっへっへ


「げへへ」

「何ださっきから!気持ち悪い!」

「カイト殿、お静かに願います」

「申し訳ありません。」


アシュレイに『気持ち悪い奴め』って顔をされてしまった。

まあいいか。


さて、現状を再確認しよう。

まずここはアークトゥルス城。いわゆるアシュレイさんのおうちだ。

そして俺が前世を思い出してから2年が過ぎ、8歳になった。

アシュレイは2個上だから10歳。


親父は伯爵様であり、魔王様とは義理の兄弟で右腕的なポジションだ。

母親はカイトが物心つく前に死んでしまったようでさっぱり思い出せない。



ってなわけで親父の仕事で王都に来ている間は俺も引っ付いてこっちに来ている。

そしてアシュレイの勉強時間は一緒に授業を聞くと言うのがいつもの流れになっているのだ。



「…あれ?わかんないなあ…カイト、ここはどうすんだっけ?」

「えーとな、これは簡単な魔術式に変換すればいいんだよ。このεの所ににЖを代入して…」

「ああ、なるほど。先週言ってたやつだ」

「そうそう」


いまアシュレイが学んでいるのは魔道具作りの魔術式のお勉強だ。

魔王様が魔術式のお勉強と言えば何やらものすごい破壊魔法かと思うが、この術式で出来るものは光を出す魔道具だ。


こんなモン勉強したって将来に意味ねーぞ?

お前ん家の父ちゃん魔王様なんだから金有るだろ?金で買え金で。


『中学、高校の勉強も意味ないんじゃね?』と考えていた俺はついついそんなふうに考える。


だが、アシュレイはえらいやつだ。まだ10歳だってのに魔道具作りを文句も言わずにやっている。

10歳と言えば日本じゃあ小学校の4年生くらいのはず。まだまだ子供もいい所だ。


人間から見ても子供だけど、寿命が400年近くある魔族からすれば10歳なんてまだまだ産まれたてみたいなものだ。

アシュレイは成長が早い方だとは思うが、体の大きさもどう見ても小学生だ

そして8歳の俺は成長が遅く、保育園と幼稚園どっち?って所だ。

まあ俺は自他ともに認めるヒョロガリでたぶん同年代の中でも小さい方なわけだが…


…だが安心してほしい。通常のクソガキならすぐそこにいるのだ。

隣に座ってるアホを見ろ。

昔の俺と同レベルの…いや、こいつは昔の俺よりアホかもしれん。


アシュレイの隣にいるのはアシュレイの妹のアフェリス、満6歳。ゲームでの通称はアホリスだ。


ゲームでも何の役にも立たない妹として認識されていた。

イベントでは後半いろいろ出てきたらしいが…その辺はスッ飛ばしたからよくわからん。



10歳のアシュレイが真面目に魔術式のお勉強をしている中、隣のアホリスは俺の作った絵本の絵部分だけを見ている。時にはアシュレイに読んでもらおうとせがんでいるが、じゃあ俺が読んでやろうかと言うと『ねーねがいい!』だ。お前の姉貴はお前と違って今頑張ってんだ!


家庭教師に教えられてアシュレイはお勉強中だが、俺は俺ですることがないから古文書を読んでいる。

今は平和なことこの上ないが、あともう少しすればここは戦乱に巻き込まれてえらいことになる。


10年後?あるいは20年後?いつか戦乱の時代になるはずだが、それが何時かははっきりしない。

登場キャラの年齢なんて覚えてないし、イベント年表も発表されてたけど、俺はそんなモンをちゃんと覚えてるようなやり込みゲーマーじゃなかった。


しかし参ったな…。

ノンビリと歴史通りに進めば俺は開戦初期には死んでしまうだろう。

何とかしないと…





「おい、できたぞ」

「さすがでございますアシュレイ様」

「ふん。こいつをどうにかして抜いてやるのだ」


アシュレイと家庭教師のマナト先生の会話が聞こえてくる。

残念ながらお前が相手にしているのは8+30歳のクソチート野郎だ。

通常状態ならあっさり10馬身くらいは引き離してるからそんなに頑張らなくていいぞ。


「では、次は魔術の実践をしましょう」

「「はい」」「はいー?」


魔術の実践の時間か。

カイトはそれほど攻撃魔術が得意ではない。回復はそこそこなのだが。

庭にある練習場に3人で移動して、授業が始まる。


「では初めはいつもの様に瞑想から」


あらゆる魔術の基本は瞑想だ。

自分の体内にある魔力を知覚し、いつでも取り出せるように練る。

そして任意の位置、形状、熱などを付与して放出する。

…だったな。大丈夫、出来てる。ちょっと心配したがきちんと魔力を感じることが出来ているぞ。



この『魔術』の分野で、カイトはあんまりできる子じゃなかった。

だが今日は違う。

このために古文書を読み、惰眠を貪るアフェリスの横で魔力を練って来たのだ。


「ではアシュレイ様、火魔法からどうぞ」

「ファイアバレット!」


アシュレイの指先から出た炎は一条の光を残しながらも的へと直進。

木製の的、その上半分を吹き飛ばした。ぐぬぬ、また威力を上げてるな!


「大変結構です。威力も先週よりまた一段と上がってますね」

「ふふん」


どや顔うぜえ。

そう思っている間にマナト先生はサクッと的を復元した。


「ではカイト様どうぞ」

「おう」


いよいよ俺の番である。

異世界に転生したからには無駄に魔力が溢れ、とても子供とは思えない威力の魔法をホイホイぶっ放すはず。

その為のトレーニングも積んだ。

『魔力アップ間違いなし!君もこれでモテモテ!』ってタイトルの怪しいことこの上ない古文書だ。


これで魔力爆上げすればガキンチョではなく、将来美人になったアシュレイが『素敵!抱いて!』になるはず。

見とけよアシュレイ…


俺は自信を全身からみなぎらせ、魔力を練って指先から放出する!


「ゆくぞ…ファイアアロー!!!」


果たして指先からは火の玉が生じ、的へ向かってヘロヘロと飛び…的に当たるか当たらないかの所で『プシュッ』と音を立てて消えた。


「ゆくぞ!って…ふふっ」

「わ、笑うな!」

「…まあ先月と大体同じですね」

「…知ってたもん。分かってたもん!」


アシュレイめ…くっそ!

しかし、あの可笑しな自信は何だったのか。

前世の記憶があるから、転生したから一体何の役に立つのか。

古文書を読み、魔力を練ったから一体何だと言うのか。


俺の全身全霊を込めた一撃は前回の火矢ファイアアローと何一つ違わぬ、ヘロヘロの火種を一つ産み出しただけだった。


「…では樹属性魔法を撃ってみてください」


樹属性と言うのは俺の得意属性、と言うか固有属性の魔法だ。

火、水、風、土と光闇属性の6属性魔法が基本であり、他にも一応そのキャラ固有で使える魔法があったりする。

でも固有魔法は微妙な威力だったり、6属性との相性がそんなによくなかったりがほとんどだ。


そして俺ことカイトは樹属性魔法が使える。

固有魔法が使える人は選ばれしエリート!って感じではない。

むしろ『変わった人』って感じだ。

ちょっとマイナスイメージだったりするのだ。くそう。


「クソみてろよ!…ツリーアロー!!」


いつもより多めに魔力を込め、指先から発射した。

射出された木の矢は的にぶすっと突き刺さり、刺さったところから木が生えた。

アレは…アレは桜の樹だ。爺ちゃんの畑にデカイ桜があるんだよな。なんで?


何度も矢を打ったが、こんなふうになったの見たこと無い。

見たか!これが古文書の成果じゃい!?


「どう…?すごいよな?」

「木が…木が生えました…ね」

「ええ?どうやったら魔法で木が生えるんだ??マナト先生、どうなっているのですか?」

「いやその、私も初めて木が生える魔法を見ました。実用性はありそうですが…うーむ。まあとりあえず当たった相手は拘束できそうですから捕らえたい場合には便利でしょうねえ」

「…そうだね。殺傷力は低そうだね」


アシュレイの火魔法に比べるとまるでゴミのような威力だ。

マトには小指の先ほどの穴しかない。

半分を吹き飛ばしたアシュレイと比べるとかなり寂しい。


…まあゴミではないか。

正しくはその辺の木切れくらいの威力だ。

駄目だこりゃ。

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