第13話 なんで!?

 遠めでも二人の目が合えば恋が始まるんじゃないか、私はそう思っていた。

 自分でこうなるように仕組んだのに、二人が恋に落ちる瞬間を見るのはなんとなく複雑な気持ちだった。



 のに、気が付いたら肩をアインに抱かれて、私は馬車の中にいた。



 出会った……よね?

 目ぐらいはあったわよね?


 なのになんで、馬車の中に私たちはいるのだろう?



「なんで!?」

 二人は一目で恋に落ちるんじゃないの?

 恋に落ちた後って、あんなさらっと違う女の肩を抱いて、まっすぐ帰路につけるもんなの?



「リリーなんのことだかわからないよ」

「聖女様よ! 一度くらいは目があったでしょう!」

「真正面に立たれていたから僕の視界に入ってしまった時はあったけれど。ほとんどの時は祈りをささげるために目を閉じていたよ。神事が終わった後はすぐリリーを見つめたし」

 困った顔でアインが手慣れたように答えるって。


 まてまて、思わずかつてのメンヘラ女をしていた時のような質問を無意識に繰り出していたことに驚く。

「違うのそういう意味じゃなくて」

「うん、そうだね。聖女様が来られることは事前にわかっていたことだった。配慮がたらなくてごめん。ただ信じてほしい。顔を上げたらたまたま視界に入る位置に聖女様がいらしただけなんだ」


 私が思わずメンヘラ的な言動を繰り出したように、アインも長年の習慣は恐ろしいもので、私をなだめるための言葉を紡ぐのがもう癖になってるのだろう。


「怒っているわけじゃないの」

「うん。わかっているよ」

 アインは優しく微笑んで私の手をぎゅっと握った。



 わかってないんだってば……



 私としては、こう白黒はっきりつけてほしいのだ。

 聖女に恋に落ちました→じゃぁ、私穏便に離婚するね→私暗殺回避という流れにしたいのよ。



「私には小さいけれど帰る家があるから。聖女様と恋に落ちたなら正直に言ってほしいの」

 自分で言葉に出しながら思う、そういうつもりはないのに、過去メンヘラなふるまいをしたばかりに、こういう言葉をいうとまるでいつものヒステリーを起こしたかのようにしか聞こえない。

「リリーがいるんだから。そんなこと起こるはずないよ」

 困った顔でアインは笑う。

「だから、言ってもいいんだって。聖女様が好きになったから別れようって」

 いえばいうほどドツボにはまっていくけれど、言わずにはいられないし、他にどう言い換えたらいいかも浮かばない。




「リリー、僕は聖女様を好きじゃない」

 そうじゃない。私をなだめる言葉が欲しいわけじゃない!!



 結局馬車の中であの後誤解を解こうと奮闘したけれど、結局誤解はうまくとけず、やたら私の心のHPがごっそり減った状態で屋敷に帰ってきた。




「お疲れのようですね。久々のお出かけは楽しめませんでしたか?」

 ラリアが違う意味で疲労困憊の私に問う。

「なんていうか精神的なもので」

「どうやら第一王子のロニ様が、どうやら市場でルビーを捜しているそうなんですよ」

 なんで、今第一王子の買い物の話が?

 さっぱり話が見えなくて私は首を傾げた。



「聖女様にプロポーズの際に渡すのではないかと……」

 全く察せず不思議そうにしている私にラリアは耳打ちした。

 思い出した!?

 確かロニが聖女様にプロポーズ用にルビーを捜していると知ったアインが目星をつけていたルビーを買い取って、指輪ではなくてネックレスにして聖女に送るのよね。


 飴玉のような大きなルビーと周りには細やで繊細なダイヤ細工があしらわれたネックレス。

 贈ろうと思ったルビーがネックレスになって送られたものだから、ロニはよりいいものを結婚指輪にするためにすぐにプロポーズできなくなってしまって。

 一目で素敵なネックレスは簡単にもらえるような代物ではないってヒロインは突っぱねるんだけど、そことうまく言葉で丸め込んで送っちゃうし、そんなことされたもんだからヒロインが揺れちゃうのよね。



 もしアインが横取りなんてしなかったら、ロニは一体どんな品を送っただろうってことも読者としては気になってしまう。

 きっとそれはそれで、アインが入り込む隙間がないほど素敵な仕上がりになったことだろう。

「さぞや素敵なプロポーズになるのでしょうね」

「そうでしょうそうでしょう。王族が探すのだから、当然それにみあうものでしょうし。そんなものを素敵なシチュエーションで送られたら聖女様はコロッとひとたまりもないっです」

 うんうんとラリアはうなずく。



「やはり、渡すシチュエーションも私では想像もつかないほど素敵なのでしょうね」

「相手は王族ですからね。城の中で王族しか基本的に入ることが到底許されない特別な区画とかでしょうか?」

 小説のもしもを考えて私も妄想がはかどってしまう。


「お金に物を言わせて、夜そこら中にろうそくをたいて浅い湖に小舟を出してなんてのも素敵だわ」

「それは本当にごく一部の方にしかできないやり方ですね。私個人としては王道のひざまずいておしかもしれません。ロニ様は身長が高い方で王族、そんな方が自分のために膝を折られると考えるともうそれだけで」

「わかるわ~。顔がいいとそれだけでもう十分絵になってしまうわね」


 ロニはヒロインの相手役になるだけあって、身長の高い正統派イケメンだ。

 王族である彼が膝を折ることなど普通ならば考えられないことだけれど、ヒロイン相手ならという展開になってしまう。


 そんなこんなでラリアとプロポーズはどういう風に行われるのかという話で大いに盛り上がってしまった。

「ロニ様にまっすぐ愛を示されたら、普通に考えて拒否するなど不可能です」

 ラリアはそういって話を〆たし、私もラリアのその意見に異論はなかった。

「はぁ、帝国で今後語り継がれる恋物語になるんでしょうね」

「何を言いますやら、リリー様も負けておりません。婚約指輪はもうすでにおもちなので、これを機にアイン様に素敵な光物をねだってはいかがでしょうか?」


 光物か……ふっと今回はお目にかかることのない原作のあのネックレスを思い出して思わず私は首元を触った。

「私はもう十分持っているわ」

 前回逃げるときに知ったからね、ドレスにちりばめてある細やかな宝石一つでさえ持って逃げることは到底不可能だった。

 りっぱな光物となれば、メイドの目を盗んで持っていくことは不可能だろうし。

 もう少し手ごろなものをとなれば、当然それはそれで盗難や紛失されないようにしっかりと対策済みだもの。


 私の物にはならないのよね、もらってもとすでにあきらめがついている私は何とも言えない顔をした。



 このやりとりを私は後悔することとなる。



 見ることは叶わないと思っていたあのネックレスが私の前に現れたからだ!!!


 


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