餓鬼餅【1】

 大晦日。

 荒神神社へ訪れたやまとは、初詣の用意をしているれんに声をかける。


「よお、れーん」

「倭か。年越し蕎麦はまだ出来てないぞ」

「じゃあ、なかで待たせてもらうわ」


 手伝う気がまったくない倭は、荒神家の本宅へ向かおうとしたが、ふと小さな鏡餅に目が留まった。


「なあ、この鏡餅なんだ? たくさんあるけど……」

「ああ。それは“外に供える”鏡餅だ」

「外に? なかじゃねえのか?」

「“なか”のは“神さま用”だ」

「よくわかんねぇけど、理由があるんだな」

「明日になればわかる。そしたらベニにも分けてやる」


 斂は倭が着ているコートのフードに隠れているベニこと夜刀神・紅影べにかげの頭を人差し指でなでる。

 紅影は魂喰たまくい――タマの弟で、妖刀に取り憑いている夜刀神だ。普段あまり姿を見せないが、たまに遊びに来るときもある。

 タマと変わらないゴムボールのような姿だが、タマと違っておとなしい性格だ。


『……オハギハアルカ?』


 ちなみに好物はおはぎである。

 おはぎのことを聞くベニに、斂は「あるぞ」と答えておいた。

 返答に満足したのか、ベニは再びフードの奥へ潜ってしまった。


「ベニも寒いの苦手なのか?」

「苦手。こたつをつけたらずっと潜ってるぞ」

「そこはタマと一緒なんだな」


 斂の言葉に、倭はタマがこたつでぬくぬくしている姿を思い浮かべる。


「あいつ、こたつを独占してんのか?」

「独占して特番を見てる」

「なんか腹立つな。ベニ、奪ってやろうぜ」

『弟デアル俺ガ、兄ニ勝テルハズガナイ』

「根性ねぇな〜」


 倭は文句を言いながら、荒神家の本宅へ向かう。

 その背を見送ると、斂は“外に供える”鏡餅を目立たない箇所に置いていった。

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